まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

荒川正晴ほか(編)「岩波講座世界歴史2 古代西アジアとギリシア」岩波書店

(読了は11月30日)

岩波講座世界歴史の新シリーズがで始めたのが2年前のこと、そこからコンスタントに刊行が進み、全24巻がこの度出揃いました。実のところ最初に出た第1巻が目次みた時点で興味が湧いて来ず(今も無い)、このシリーズはどうしたものかと迷いました。結局スペースもないので図書館で読めればいいと思って放置していましたが、シリーズの最後は古代ギリシアが扱われているということで買うことにしました。

構成としては西アジアギリシアの展望がざっくりとまとめられ、その後もトピックが色々と扱われています(問題群と焦点の違いがあまり実はよくわかっておりません、すみません)。オリエント文明の農耕社会と遊牧の関係や新石器時代の社会システムを扱ったところなどはなかなか興味深く、新王国時代のエジプトについても自分が知っている頃とは随分と違う見方がなされているのだなと面白く読めました。また、高校教科書に書かれる古代イスラエルの歴史を検討し、その問題点をみていくところは色々と難しさを感じるところがあります。

ギリシア史関係では、ポリスに関する事柄にウェイトが置かれている内容が多くなっています。ミケーネの王国からポリス世界への転換があつかわれていたり、古代ギリシアのポリスについて最近研究テーマとなっていることを取り上げつつポリスとは何かをまとめていたりします。そしてヘレニズム時代についてもポリス世界に重点を置いて言及されています。ポリス内部のことについてはアテネ社会をジェンダーの視点でみたものが掲載されています。西アジアとの関わりとしてはペルシア帝国がギリシア人を帝国内で多く用い、ペルシア帝国は辺境の民ギリシア人を互酬的な関係に組み込み、ギリシア人にも配慮しているという認識を持っていたということが扱われています。そのほか、短めのコラムがいくつかあり、バビロン天文日誌と占星術やシュメール語とアッカド語古代エジプトの女王といった事柄のほかヘロドトスの探究の姿勢に着目するという興味深いコラムもありました。

全体を通して、扱われるトピックは興味深いものがありますが、なんとなく分量が少なく、おしゃれな雰囲気で美味しいんだけども微妙に満足感が得られない、都心のこぎれいなカフェで出てくる料理のような一冊だと思いながら読み終えました。そうなのか、これどうなんだろうと思っても、結局そこで話が終わり、次へ進んでしまうのでなんとなく物足りないなと思うところもありました。このページ数、分量で語るのは難しいということでしょうか。

個人的には、西アジア、エジプト、ギリシアの相互の影響関係にふれながら見ていくというスタンスなのであれば、ヘレニズム世界・ヘレニズム時代史についてもっと深く扱って欲しかったと思います。展望ではほんのわずか、そのほかでもポリス世界との関わりに関してヘレニズム時代が触れられる程度です。最近の研究成果を踏まえたヘレニズム時代についての邦語文献が少ない現状を考えると、もう少し取り扱っても良かったのではないかとおもいます。そこのところは誰かが別のところで書いてくれることを期待しましょう。

12月の読書

12月になりました。今年も後少しで終わりです。年末には下半期ベスト、そして年間ベストを選ぼうと思いますがはたしてどうなるか。

それはさておき12月はこのようなほんをよんでいます。

 

五十嵐ジャンヌ「洞窟壁画考」青土社:読了

塩野七生ギリシア人の物語1〜4」新潮社(新潮文庫):読了

岩﨑周一「マリア・テレジアとハプスブルク帝国」創元社

ハプスブルク君主国のマリア・テレジアというと世界史では18世紀中欧・東欧の歴史を語る際に欠かせない人物です。しかし、彼女の治世は単純化して示せる何かわかりやすい特徴があるかというとそういうものではないようです。改革を進める一方で保守的なところもあり、柔軟なように見えて極めて強情な振る舞いもありと言った具合に、こうだとわかりやすく決められるタイプではなさそうです。

本書はそんなマリア・テレジアの生涯を軸に据え、彼女が生きた時代の社会や政治、文化について、彼女を支えた政治家や彼女の家族、そしてこの時代に生きた様々な文化人の群像にふれながら描き出していきます。

本書を通じ、彼女が統治した国家については「ハプスブルク君主国」という表記が一貫して用いられています(タイトルでは帝国ですが、そのあたりは本文でも断り書きがあります)。そもそも彼女は事実上「女帝」であっても神聖ローマ皇帝には即位しておらず、ハプスブルク家の領土を構成する様々な国家の君主(ハンガリーチェコなど多くの国を含みます)としてまとめあげていたということを考えると、「君主国」という表記が妥当だろうということでしょう。広大な領土を各地域ごとに異なる仕組みを用いつつ統治する「複合君主政国家」、それがハプスブルク君主国でした。

ハプスブルク家というと神聖ローマ皇帝位を15世紀以降は保持し続けてきましたが、彼女自身は皇帝とならず夫が皇帝となります。神聖ローマ帝国との距離の取り方、ハプスブルク君主国の支配者として神聖ローマ皇帝であるフランツ1世との関係構築をみるとなかなか難しいものがあったようです。彼女は皇后として戴冠されることを拒み、あくまで自立した君主として振る舞い己の尊厳の保持にこだわったようです。このような状況では権力構造上色々と軋みが生じてもおかしくないところですが、彼女が基本的に君主国統治に際しては主導権を握っているようすが伺えます。

マリア・テレジアのもとで行われた諸改革について頁をかなりさいています。彼女はあくまで身分秩序は守るべきものであると考え、国家教会主義をとりつつ(故にイエズス会を解散に追いやる)カトリック信仰にこだわり、宗教的寛容を認めず反ユダヤ主義的な考えすらもつ、極めて保守的な面もありますが、教育の整備や軍制の整備、行政改革などが進められていきました。ただし複合君主政国家ゆえに支配領域全土で同じ政策が推進されたわけではなく、また支配のあり方(中央集権か地方分権か)で路線対立も生じるなどの困難も見られました。

さらに、フランツ1世が死去すると息子ヨーゼフ2世との共同統治体制にはいり、性急な改革を求めるヨーゼフとの間で路線の違いが鮮明になっていきます。政治路線をめぐる両者の対立は結局解消しきれずに終わりますが、見解の違う両者のせめぎ合いの中で改革が進められ、かつてとは違う姿の帝国となっていったと言えそうです。この辺りの様子が詳しくまとめられていきます。

さらに国内政治だけでなく、この時代にヨーロッパ主要国が参戦してきた大規模な戦争(オーストリア継承戦争七年戦争)や外交革命のような大きな変化を描き出していますし、商工業や文化にも関心を向けて描いています。そのほか、マリア・テレジアの子どもたちについてもそれぞれのものの考え方や行動の様子が描かれています。このなかではマリー・アントワネットが子育てについては結構事細かに指示しているというのは意外でした。

そして、彼女が支配下の住民たちを正しい方向へ導く、そのためには人々を管理統制するという姿勢が、「お上」の支配に従順な「臣民文化」を作り上げることに大いに影響したということは言えそうです。最後にマリア・テレジアの後世への受容の様子が描かれていますが、彼女の記念像奉納に出席したエリーザベトの辛辣なコメントをみると、性格的に対照的な彼女ならそういうだろうなという気もします。

マリア・テレジアの生涯をまとめつつ、彼女が生きた時代について読みやすくまとまっており、お勧めしたい一冊です。

姜尚中(総監修)「アジア人物史5 モンゴル帝国のユーラシア統一」集英社

集英社のアジア人物史シリーズも残すところは少なくなってきました。第5巻では前近代ユーラシア史のハイライトといってもよい、モンゴル帝国の時代が描かれます。チンギス・カンによるモンゴル帝国樹立、そしてその後のモンゴル帝国の拡大過程、クビライの業績がまとめられていきます。

モンゴル時代を扱うとき、やはりこの人は外すわけにいかないチンギス・カン(テムジン)について、オーガナイザー・智将タイプであり、武勇の面は弟ジョチ・カサルがになっていたというのは恥ずかしながら初めて聞きました。また、「集史」と「元朝秘史」では大部違うと言うことも示されています。よく知られるエピソードは「元朝秘史」由来のように感じますが、それとは違うチンギス・カン像が描かれており面白かったです。

その後はラシード・ウッディーンの生涯をたどりつつ、彼に関連する人物が時代順のような形で登場し、毀誉褒貶の激しい彼の生涯と、彼に対するそのような評価の形成の背景が分かるような内容となっています。

その他、モンゴル時代の中国での文化的発展として劇がよく出てきます。「元曲』として知られる当時の劇について、関係する人物を色々と取り上げながら、金元代の医学の発展や医師の地位向上といった当時の社会的な側面に触れていたり(科挙落第者のつく職として医師や薬屋が望ましい者として登場してくるとか)、支配する者とされる者の中間にいる職業的知識人層の発展が進んだという指摘が為されています。このあたりは非常に興味深い内容でした。現代では少々考えにくいのですが、「儒」と「医」の距離が近いというのは時代ならではというところでしょうか。

さらに道教の発展についても触れられていますが、全真教とモンゴルの関係についてはチンギス・カンのもとで保護され発展した一方、オゴデイ家との関係の近さからモンケ・クビライによる粛清・排除の対象となったこと、しかしながらその後再び勢力を回復し、現在に至るまでの大勢力となったことが、様々な人物を取り上げつつ描かれています。元曲の章とあわせ、思想・文化系にかなり重点を置くこのシリーズらしい内容です。

思想・文化系の内容が手厚いと言うことでは,日本を扱った章でも武家政権の関係者だけでなく仏教関係者(鎌倉仏教の法然夢窓疎石のような禅僧まで)もあつかっていますし、南アジアのイスラム化のところでデリー・スルタン朝時代の神秘主義者についての記述が多く見られます。その他、朝鮮、東南アジア、西アジアについても章が設けられていますが、対モンゴル、そして服属後もモンゴル内部の政局や国内諸勢力に気を遣いながら王朝を存続させた高麗の王様達の苦労はなんともいえないものがあります。そして、イブン・バットゥータで一章さきそして扱われるのは彼のみ、というのは破格の扱いではないでしょうか(ほかに書きようがなかったのかもしれませんが)。

モンゴル時代の人、もの、情報の流れの活発化や世界の一体化を、人物の歩みを通して描いており、具体的にどういう展開があったのかと言うことが分かりやすくなっていると思います。例によって頁数は多いですが、面白いですよ。

 

川本直「ジュリアン・バトラーの真実の生涯」河出書房新社(河出文庫)

”かつて、1950年代から70年代のアメリカにジュリアン・バトラーと言う作家がいた。同性どうしの性行為や同性愛が処罰の対象となる時代において、男性同士の愛を描いた作品を発表した。女装を好み、過激な発言を繰り返し、カルト的な人気を得た。”

しかし、この作家の本を私たちは読むことはできません。なぜなら、ジュリアン・バトラーは架空の作家であるからです。本書は1950年代から70年代の実在人物や出来事を混ぜつつ、この作家をあたかも実在人物のごとく描き出した「擬史」といった趣の物語です。そして、騒々しい世界の裏側にみられる同性愛とそれに関連する事柄を通して,この時代のアメリカ文学の歴史を別の視点から捉えて描き出しています。

スタイルとしては、ジュリアンの覆面作家をしていたジョージ・ジョンの回想という形で、ジョージとジュリアンの出会いから互いに愛し合うようになり、やがてジュリアンの作家としての活躍とジョージの関わり、ジュリアンの死とジョージの再出発までを描きます。そして訳者あとがきという形を取り、思わぬ展開をたどりながらも実現したジョンへのインタビュー、そしてジョンの死後、ジュリアンにまつわる真実が明らかになったことで発生したちょっとした騒動と関係者達のその後がまとめられています。いままで「日陰者』のような扱いだった人々が,かつてと比べるとより生きやすい時代になっている,それを感じさせてくれる話だと思いながら読んでいました。

ジュリアンとジョンなど物語の主要人物は架空の人物であり、序文から本文、後書き、参考文献に至るまでで一つの物語ができあがっているような本です。しかし壮大なフィクションを成立させるため、細部を徹底的につめて緻密に作り上げていきますし、これをもとのね谷下かなと思う描写も出てきます(ジュリアンとジョージのあるキスシーンの場面は、LIFEの表紙の写真のあれみたいです)。さらにジュリアンを取り巻く人々には実在人物が多数配置されています。著者が影響を受け、あとがきの元ネタとなるインタビューを敢行するまでのめりこんだゴア・ヴィダル、その同時代に活躍したトルーマン・カポーティテネシー・ウィリアムズノーマン・メイラーアンディ・ウォーホルなどが登場し、なんとも騒々しく混沌とした世界を作り出しています。

そして、本書を読んでいると,ジュリアンとジョージは共依存といいますか、互いに相手を必要としているような感じも受けます。両者ともに相手を求め・求められて生きていく,そんな様子が感じられる展開ですが、『終末』が書き上がるまでの経緯、そして遺作となる『アレクサンドロス3世』の執筆のはじまりをみていると、ジュリアンが自分から離れて行く事への恐れのようなものも感じられます。この様なところなど、ジョージは愛憎半ばするようなジュリアンを気持ちで見ているのかなと感じられるところもありました。あるがままの自分を生きるジュリアンをうらやましく思うところもあるようです。

ここの所あまり本を読めていなかったのですが、非常に細かいところまで作り込まれ、かつ物語としても面白いフィクションというのは久し振りに読んだ気がします。結構文庫本にしては分厚くなっていますが、一気に読んでしまいました。そして、中身についてあまり長々と書いてしまうと、興をそぐ事になりかねないのでこのくらいでとどめたいところですが、『アレクサンドロス3世』、誰か実際に書いてみませんか?私は小説とか無理なので。

11月の読書

11月になりました。先月は正直まともに読めず感想もとくに書こうという意欲も湧かず(いや、面白いと思ったんですがね、自分で感想書かなくてもいいかなとふと思ったので。どちらも手に取りやすいし)。

今月は先月末に入手した本をまず読んでからかな。ということでこのような本を読んでいます。

 

荒川正晴ほか(編)「岩波講座世界歴史2 古代西アジアギリシア岩波書店:読了

岩﨑周一「マリア・テレジアハプスブルク帝国創元社:読了

内田康太「元老院と民会」山川出版社:読了

丹下和彦「ご馳走帖」未知谷:読了

川本直「ジュリアン・バトラーの真実の生涯」河出書房新社河出文庫):読了

姜尚中(総監修)「アジア人物史5 モンゴル帝国のユーラシア統一」集英社:読了

北村厚「大学の先生と学ぶ はじめての歴史総合」KADOKAWA:読了

10月の読書

10月はこのような本を読んでいます。

先月読んでまだ感想を書けていない本が実はありますが、それについてはどうするか検討中です、とかいたものの、結局書く気力も出ず。また10月に読んだ本は特に感想は書かなくていいかとおもいました。別に自分が書かなくてもいいよねと。

 

グウィン・ダイヤー「戦争と人類」早川書房(ハヤカワ新書):読了

宮野裕「世界史のリテラシー 「ロシア」はいかにして生まれたか」NHK出版:読了

西田祐子「唐帝国の統治体制と「羈縻」」山川出版社

様々な史料を読み解き、それをもとに歴史を書くというのが歴史の研究・記述において行われていることですが、その史料が果たしてどこまで同時代の認識を反映しているのかというのは常に気になるところです。同時代史料であっても、それがごく一部の変わり者の意見なのかはたまた一般的な社会通念の表れなのか等は気になります。そのため、そこに何かが書いてあるから、それが実際にそうだったのだとは単純にとれないところがあります。

本署で現れる唐の羈縻政策についても、現代の研究者の認識は唐の滅亡から大部後の北宋時代、欧陽脩らにより編纂された「新唐書」によっていると言うことは知られています。唐では異民族の首長に都督や州刺史といった官職を与えて集団を統率させる間接統治をとり、それを羈縻政策・羈縻支配としたというのが一般的な理解です。

しかし、この理解を支える土台となる「新唐書」編纂に際し編者達はどのような史料操作を行ったのか、そしてそこに書かれている羈縻が本にした書物に由来するのかはたまた編者達の見解なのか。「新唐書」の検討を本書ではまず、トルコ系集団に対する羈縻支配が実際に行われていたのか、「新唐書」の記述を検討するところから始まります。

その後は唐の時代に実際に使われていた「羈縻」という言葉がどのような意味を持たされていたのかをあつかい、そしてしばしば唐の羈縻政策との関連で出てくる蕃についても検討します。これらの分析に基づき唐の支配や秩序について解明する手がかりを得ようというのが大まかな内容となります。

まず刺激的なのが、「新唐書」の羈縻に関する記述は信用できない,そこに書かれているのは唐代にはなかった北宋の人々が認識した羈縻であり、実際の唐の時代の「羈縻」ではないというところでしょうか。本書ではトルコ系遊牧民達の事例、そして地理志羈縻州条を検討していますが、これらの検討を通じて明らかになるのは編者達が史料を操作し、元々はなかったものを混ぜ、全体として整合性がとれているような感じでまとめようとしているところです。

このような史料である「新唐書」をそのまま唐の時代を描いた史料として使うことの危険性を示した上で、では唐の時代に現れる「羈縻」とはなにかという問題、そして羈縻政策を語るとたいて触れられる「蕃」の問題にも切り込んでいきます。そこで示されるのは、「羈縻」はつかずはなれずの共存関係、唐からの管理や制限が存在しない状態であり、従来羈縻支配が行われているとされてきた北方のテュルク系などに対しては唐からの管理や制限(そして保護)を受けており、むしろ唐の支配の仕組みに組み込まれている様子さえ見えるという状況です。

また、部族の兵を率いる蕃将を唐が軍事面で用いていると言うこともよく出てきますが、唐の「蕃」について、「羈縻州」と別に「蕃州」というものがあったと想定される史料が出土していることや唐の官人には漢と蕃のものが並列的に存在していた形跡があることも示されています。こうしたことから、唐の内部において「漢」と「蕃」が存在し、唐の支配もいわゆる羈縻支配だけで語れるものでないことが明らかになっています。

本書は「新唐書」の記述を分析し、そこに書かれた「唐の時代のこと」が北宋時代の認識を色濃く反映したものであり唐の時代のことをそのまま伝えているわけではないことを、羈縻の事例を本に示す、文献の検討にかなり重きが置かれています。「新唐書」が宋の時代に作られたもので、宋の時代の認識というフィルターを通して我々は唐を見る、唐について研究する問いうことを長年続けてきたわけです。

しかし、これだけ色々と操作があり、宋の時代の認識が混入しているとなると価値がないかのように思うかもしれませんが,逆に「唐」の時代のことが宋でどのように受容されていたのかという観点で見ていくとまた面白いのかなと思う内容でした。

そして、この説がどこまで妥当なのかはこれから色々と検討されることになると思いますが、最近読んだ平田先生の「隋」、森部先生の「唐」においてもこの本の影響が見られる箇所があります。唐の歴史がどのように変わるのか、今後面白そうです。まずは、この本で示された見立てをもとに、唐の支配を描く本なり論文なりを著者が書いてくれることを期待したいと思います。

平田陽一郎「隋 「流星王朝」の光芒」中央公論新社(中公新書)

中央公論新社で中国の各王朝ごとの巻が結構出ています。今年の春には「唐」がでて、東部ユーラシアの帝国としての唐の歴史をまとめており非常に面白く,此方にも感想を書いています。そして、今回は唐の前の隋で一冊の本が出ました。隋のような短命な王朝で1冊と言うのはどうするかと思いましたが、近年の隋唐研究の成果を盛り込みつつ(羈縻について近年出された見解(羈縻は付かず離れずの距離をとった状態を表すという)をとりこんでいます)、南北朝時代の頃からあつかい、さらに周辺の突厥などの動向にもふれて東部ユーラシアという枠の中で隋を捉えていきます。

本書では隋は北方の草原世界、華北中心の中華世界、そして海域に連なる江南世界、この三つを束ねる多元的な帝国のはしりであるととらえています。隋の文帝や煬帝は北方の遊牧民に対するカガン、中国の皇帝、そして「海西の菩薩天子」、この3つの顔を使い分ける君主であったということを指摘します。さらにそういった要素を持つ世界を一つにまとめあげるものとして仏教が重視されたということも言及しています。

そして、隋の歴史については「中国史」の枠をこえ、東部ユーラシアの歴史の展開のなかでとらえていくのが本書です。特に、北方の突厥との関係は南北朝時代北周北斉のあたりから扱われています。例えば周隋革命についても、突厥の動向も睨みながらの綱渡りの王朝交代であり、しかも直後に隋と突厥の全面戦争に突入するというかなり危険な状況であったことが示されています。一方で建国直後の危機を乗り切ったことは、隋が漢や唐のようにならず、北方に対しある程度優位に立ちながら関係を作れたということで大きかったことでしょう。

隋が突厥南朝といった勢力と戦いながら「世界帝国」の建設へと進んでいく様子もまとめられています。突厥の東西分裂、そして隋の助力により擁立された可汗の登場の過程や、南朝の陳が滅びた後の江南平定の戦いなどにもページがさかれています。対突厥や対南朝の戦いで活躍した隋の武将たちや南朝の人々についてその人となりが伝わってくるような逸話が取り上げられていたり(孔明の建てた碑文を蹴飛ばすとは何事かといいたいが、対突厥でのエピソード含め間違いなく優秀な史万歳など)、「騎虎の勢い」の由来となる逸話を残した楊堅の妻独孤伽羅や突厥に嫁ぎ中国情勢にも深く関わった大義公主や義成公主、隋の南部平定に協力し地位を築いた洗夫人などこの時代に活躍した様々な女性たちも登場します。隋じたいは短命な王朝ではありましたが、本書は短くも眩しい歴史を彩った一筋縄ではいかない人物たちの魅力が伝わってきます。

そして、二代目の煬帝の時代についても、洛陽建設や大運河の完成などの大事業、「移動する宮廷」という言葉が似合う活発なうごき、派手なパフォーマンスと仕掛けなどが盛り込まれています。煬帝というと「暴君」のイメージの強い人物ですが、やってきたことをみると先見性や実行力もあり、「世界帝国」たる隋をどのように発展させるのかについてかなり明確な構想を抱いていたような感じも受けます。一方であまりにも性急にことを進めようとしたことが反乱につながってしまったというところもあります。

本書の著者は、このブログでも昔感想を書いた「隋唐帝国形成期における軍事と外交」の著者で、このあたりの軍事関連の論文を多数発表している研究者だということもあり、本書には著者が発表してきた軍事関連での最近の研究成果が色々と盛りこまれています。例えば隋登場前の南北朝時代北周で採用された二十四軍については遊牧民の部族の軍制にならって作られたものであるということや、軍府に属する「府兵」はいるが「府兵制」が同時代ではなく後世(宋の頃)に使われ始めた言葉であること、そしてどうも府兵は兵民一致とは言いがたいものであること(隋では刀狩りのようなことが行われ、一般庶民は武器携行が認められなかった)といったことが盛りこまれています。この辺りはなかなか興味深い内容だと思います。

隋という短い期間に強い光を放った王朝、そしてそこで行われたことが次の時代にも影響を与える(唐の太宗が煬帝をかなり意識しているというのはよく聞かれることかと思います)、そんな王朝の歴史を一冊にまとめています。国の仕組みや政治的な出来事だけでなく、そこに関わった人々の生き様も描かれ、面白い一冊です。

 

姜尚中(総監修)「アジア人物史3 ユーラシア東西ふたつの帝国」集英社

人物を通じてアジアの歴史を見る「アジア人物史」シリーズの第3巻が出ました。刊行ペースが少しゆっくりに成、2ヶ月に1冊くらいのペースになってきています(予定通りのようですが)。この巻では6世紀から11世紀頃というはばで、唐とイスラム帝国が栄えた時代を中心に、唐滅亡後の東アジアなどもあつかわれます。

東アジアに関しては、武則天玄奘といった人々が中心人物としてまず扱われ、それに続くのが新羅の僧元暁、日本の仏教関係者などがつづき、少し間が開いた後で最後に朝鮮半島の高麗建設に関わる時代がでてきます。東アジアについては仏教が一つの軸となっているような構成となっています。仏教に支配の正統性をもとめた武則天、インドから帰った後の玄奘が中国仏教界に投げかけた波紋、そして朝鮮や日本における仏教の受容と展開,こういった事柄が扱われています。

名前だけはでてくるがその中身にまではあまり目が向けられにくい地域や勢力についても章を立てて説明しています。例えばチベットについて頁数は少ないながらもソンツェン・ガンポ以下関係する人物についてまとめているほか、突厥の宰相、そしてソグド系突厥の流れをくむ安禄山という草原とオアシスの民の世界を扱う章、そして東南アジアといったところでも章が立てられています。また、黄巣の乱で知られる黄巣の生涯と乱の展開を通じ、後半の唐で形成された藩鎮割拠のもとでのそれなりの安定が崩れ、新たな秩序の構築が求められる段階に入ることが示され、黄巣朱全忠を分けるものが何なのか,考えさせられる構成です。

そして、耶律阿保機とその子孫に関して章を立てたところは、最近の研究をもとにした契丹の歴史の概略という感じでまとめられています。契丹について、中央ユーラシア型国家という枠組みを採用し、中国史征服王朝という枠よりも視野を広げてみていく試みの一つと言うことで良いのかなとおもいます。たまたまこのあたりは中国の歴史ドラマで見ていて出てきたことがあり、あの人はこういうことだったのかと分かるところもありました(てっきり女性の名前なのでドラマ上の創作だと思っていましたが、燕燕は本当の名前だったのでしょうか。書き方を見るとそんな感じがするのですが)。

西アジアについては,アッバース朝の概略をまとめたあと、アッバース朝の転換期のようなところがあるマアムーンを中心にして人物の歴史をまとめています。「知恵の館」、コーラン被造物説、ピラミッドに穴を開けて侵入といった知的な事柄に関するエピソードをみるマアムーンですが、カリフの権威を高め支配を固めようとした時代であり、その際にアリー家の勢力もとりこむイスラム共同体の統一を試みたことなどもふれられています。アッバース朝時代の地方政権の樹立や翻訳活動と学問・文化の発展などもそれに関連する人物や勢力を取り上げてまとめています。

内容的には東アジアにかなり重点が置かれた感じもありますが,人物の歩みやそれに関連する事柄を通じて各地域、各勢力の歴史をまとめており、興味深く読めました。シリーズを通じて女性や思想・文化関係もかなり扱っているのが特徴ですが、この巻でも文化に関する事柄として東ユーラシアの仏教の展開と受容、杜甫を中心にして詩についてあつかっているなど文化関係、思想関係もてあついです。女性についても武則天について扱うだけでなく彼女以前の女性支配者の話もとりあげるほか、朱全忠と女性の関わりとか、契丹の皇后などもとりあげられています。今までは目が向かなかった事柄にも目を向けて書かれた一般書というのは今後どんどん出てほしいものです。

小野寺拓也・田野大輔「検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?」岩波書店

SNSの発達によりいろいろな人が言いたいことを言いやすい環境ができあがっていくなか、世間で言われていることとはちょっと違うことをいうと人目を引きやすいことは多いようです。とくに「〜の真実」「本当の〜」等と銘打って本を出すと、それを見てその通りと思う人も出てくるようです。様々な分野で見られる現象ではありますが、世界史関連ですとナチ党とそれに関連することはその手の事例が結構多い分野であると感じます。

本書は、"ナチスが「良いこと」をしたということで取り上げられる事例”について、実際の所それはどうだったのかを検証していきます。取り上げられる事柄は、アウトバーンフォルクスワーゲン環境政策や労働政策、少子化対策など多岐にわたります。「良いこと」に見える事柄を取り上げつつ、それの歴史的経緯、歴史的文脈、歴史的結果を掘り下げていくと言う展開になっています。文脈を無視し都合の良いところだけ切り取る、表層のみをみて大局を見ない、そのような形で歴史に関わることの問題が色々とわかるようになっています。

全体を通じて、「良いこと」の中にはナチス以前すでに行われていたが、ナチスが手柄を横取りしたもの、実際には全く実現できなかったもの、「良いこと」と引き換えに問題が発生していることなどが次々と示されています。排他的なドイツ人の「民族共同体」建設、そのための生存権確保のための周辺征服、その手段たる軍備の増強、こういったことを進めるため諸々の「良いこと」が行われている、といったところでしょうか。

そして、ナチスに関わらず広く歴史に関心のある人なら読んでおいた方がいいのはこの本の序章だと思います。序章において歴史的事実の取り扱いに関して、〈事実〉、〈解釈〉、〈意見〉の三層構造から考えていく、そしてその際に歴史学的知見の積み重ねである〈解釈〉を重視していくという姿勢が示されています。一般的に〈解釈〉の部分は往々にして無視されやすく、ある〈事実〉があったところからいきなり自分の〈意見〉の展開へと向かいやすいのですが、いきなり飛躍することのないよう気をつけたいものです(序章は8月末時点で書店のサイトで試し読み可能です)。

しかしながら〈解釈〉の部分はなかなかアプローチが難しく(汗牛充棟の様相を呈する分野もあります)、不慣れな人がやろうとすると、自分にとって都合の良いところだけつまみ食いとなりやすいでしょう。高校の歴史の新課程で「歴史総合」「世界史探究」「日本史探究」が始まっていますが、〈解釈〉の層について一般人がアプローチできるようある程度整理しておかないと、これらの科目を真面目にやろうとすればするほど不毛な意見表明に陥るという事態が発生しそうです。ある専門分野について交通整理をきちんとできるのは専門家の方々だと思います。論文などのような業績とはまたちがう事で、あまりまっとうに評価してもらえるのかというと甚だ怪しい作業はありますが是非とも各分野でやってほしいものです。

110頁ちょっとのブックレットながら、2段組で中身がつまっており、非常に充実した読書となることでしょう。

 

9月の読書

もう秋になりました。読書の秋とは言いますが忙しいとなかなか進みませんね。

9月はこんな本を読んでいます。なお8月に読んで感想を書ききれずたまっているため、それを書いた後で9月の本については感想を書くかなと。

 

石田真衣「民衆たちの嘆願」大阪大学出版会:読了

西田祐子「唐帝国の統治体制と「羈縻」」山川出版社:読了

藤崎衡「ローマ教皇はなぜ特別な存在なのか」NHK出版:読了

平田陽一郎「隋 「流星王朝」の光芒」中央公論新社中公新書):読了

有松唯「帝国の基層」東北大学出版会:読了

上田信「戦国日本を見た中国人」講談社(選書メチエ):読了

三佐川亮宏「オットー大帝ー辺境の戦士から「神聖ローマ帝国」樹立者へ」中央公論新社(中公新書)

オットー大帝(オットー1世)というと、世界史では神聖ローマ帝国の初代皇帝と言うことでその名が出てくる人物です。レヒフェルトの戦いでマジャール人(なお、本書では自称であるマジャール人ではなく史料の記述に従いハンガリー人として表記しています)を打ち破り、その7年後にローマで皇帝位についたことが知られているかと思います。

本書はオットー1世登場以前の事柄をザクセン人の起源神話からとりあげ、カール大帝による征服とキリスト教化、そしてフランク王国の分裂と東フランクにおいてハインリヒ1世(オットーの父親)が王として支配した時代をまず扱い、その後はオットーの生涯をたどり、最終章ではオットー以後、「ドイツ」および「ドイツ人」という認識の生成と展開、「ローマ帝国」「ドイツ王国」といったまとまりがどのように使われるようになっていくのかをまとめています。最終章については、同じ著者の手によるオットー3世(1世の孫)の伝記「紀元千年の皇帝」(刀水書房)とも関連する内容となっています。

合意形成を重視しながら領域をまとめ上げた父ハインリヒ時代の「弱い」王権を継承したオットーが支配を固める過程では反乱も起こりますが、反乱を起こすのが各地の有力者だけでないところがみられます。彼が支配を固めるにさいして身内を結構登用しているのですが、彼の弟や息子といった身内が反抗することすらみられました。こうした反乱をおさえつつ、個人的結びつきに依存した国家においてオットーが巡幸王権という形で国内各地をまわり各地の人々との結びつきを確認・強化していたことや、一族郎党と並ぶもう一つの柱として帝国教会を利用していたことも示されていきます。

一方、オットーはあくまでも身内を支えとしていいこうという場面も見られます。反乱を起こした弟ハインリヒは屈服した後許されオットーに良く仕えるようになりますし、反乱を起こしたリウドルフに対しても挽回の機会を与えています。反逆即死刑という対応でなくこのような対応となるのは何故なのか、それについてはハインリヒ、リウドルフがともに示した服従儀礼によりひとまずオットーに許されたということのようです。

先に触れた巡幸王権というありかた、服従儀礼による許し、そして儀礼や身振り、象徴、演出をもちいて公的な場で示すことが利害調整に関して用いられる(その前段階で密室での合意形成や調整がある)、オットーの時代は公の場でそこに集う人々の関係性を明示することが支配の安定に役立つ時代だったということでしょうか。今の人間からすると儀礼に何の価値があるのかと思うかもしれないのですが、あるべき秩序を想起させ支配を安定させる手段としてこの時代は極めて有効だったのでしょう。

なお、身内というと男性ばかりと思われがちですが,オットー朝において女性がかなり重要な役割を果たしていたことが分かる箇所が何カ所か見られます。この時代に女性が活躍していたこと、しかしながら女性について本書で十分に触れることが出来なかったのは著者もあとがきで言及していますが、これに関してはこの時代を扱った別の著作が紹介されており(パトリック・コルベ「オットー朝皇帝一族における家族関係」参照)、そこを見ると良いのかなと思います。

対外的なことでは東方から侵攻してくるマジャール人ハンガリー人)との戦いや魑魅魍魎のごとき王侯貴族や聖職者が跋扈し複雑怪奇な情勢を呈するイタリアへの度重なる遠征、スラヴ人世界との戦いやキリスト教の布教、治世も終わりにさしかかった頃イタリア問題と関連して発生したビザンツ帝国との交渉と言うことも触れられています。レヒフェルトの戦いの勝利がオットーを事実上皇帝たらしめる大きな要因であったと認識されていたらしいことがうかがえたり、なんとも複雑でオットーも手を焼く一筋縄ではいかないイタリアの情勢、そしてイスラム世界やビザンツ帝国との交渉の様子が描かれています。

ビザンツイスラム世界などの対外交渉の場面で聖職者が活躍しており、その中にはその後歴史叙述を残す者もいたりします。本書では「オットー朝ルネサンス」の様子などは残念ながらそれ程触れられていません。しかし、随所に歴史叙述の翻訳からの引用を載せ、それらをとりあげつつ時代の年代記や歴史書を書いた人々がキリスト教や西洋古典の知識に裏打ちされた叙述や歴史認識をもっていたこと、彼らの叙述の意図や特徴といったことへの言及が本書の中に見られます。「そもそも過去は”現在”にとっていかにあるべきか」という認識のもと、現在に合わせて過去を書き換える、そのように感じられる場面が戴冠式やレヒフェルトの勝利などの場面でみられますが、過去をどう認識し、どのように描くのか、時代による違いを感じつつ歴史叙述のあり方の変化に思いをはせるのもまた一興というところでしょう。

反乱、遠征、外敵迎撃と常に戦いの中に身を置き、東方のキリスト教化にとり組み、さらには支配安定のために各地を回るという非常に過酷な治世をとおして後の神聖ローマ帝国の基礎を築き上げたオットー1世の生涯を描いた一冊として,広く読まれることを願います。

千葉敏之(編著)「1348年 気候不順と生存危機」山川出版社(歴史の転換期)

山川出版社から刊行されてきた「歴史の転換期」シリーズもついに完結の時を迎えました。扱われるのは1348年、中世ヨーロッパで黒死病(ペスト)の大流行を迎えた時代であり、そのほかの地域でも疫病や気候不順、相次ぐ戦乱が見られた時期でした。いっぽう、モンゴル帝国の覇権のもと、世界の一体化がすすみ、陸海の道を行き来する様々な人々が見られた時代でもありました。

本書はペストの流行、自然災害(寒冷化、イナゴの害、水害など)がおきた中東においてそれが社会や人々のものの見方や考え方にどのように影響を与えているのかをあつかった章、中世ヨーロッパにおいてペストがどのように広がったのか、そしてそれに対しどのように対応したのか(中東の章の医学などと比べても興味深い)を扱った章がまずみられます。

そのあと、モンゴル帝国がどのようにして解体に向かっていったのかを元および各ハン国ごとにあつかいつつこの広大な帝国の成立が人類の歴史にどのようなインパクトを与えたのか、人やものの流れにどのような影響を与えたのかを扱っていきます。

モンゴル帝国を構成する諸国の解体についてはそれぞれ違う要因があり(疫病の影響も違いがある)、元については疫病ではなく災害と反乱によるということが示されています。元が中国を支配した時代は黄河の流れが安定しなかった時代であること、元明交代期はちょうど気候変動期であり人間社会がそれにうまく対応できないなかで黄河の氾濫もおきるなど様々な困難に直面した時代であることが示されます。そういった自然災害にどのように対応しようとしたのかと言ったことも論じられています。

補論では東南アジアにおいて気候変動が続く中で旧来の国家が解体し新興国家が台頭していった可能性を示す内容となっています。

本書全体を通じ、気候変動や自然災害、そして疫病といったものが人類の歴史にどのような影響を与えたのかという事柄は共通して触れられていると思います。内容的に現代の人の興味関心を惹きやすいテーマでまとまった巻だともいえます(脱稿したのが2019年ということが明記された章がいくつかありますが、出たのがここまで伸びる間に、その後の情勢により内容をさらに書き加えたりしたところがあるのかなと想像してしまいました)。こう言ったものに対して人類がどのように対応しようとしたのかということについては、やはりこの3年間を経験した今の時代の人は疫病関連のことに注意が向きやすいとおもいます。

医学に携わるものたちや為政者が疫病に対しどのように立ち向かおうとしたのか、そして疫病をどのように考えたのかといったことが中東やヨーロッパの事例をもとに語られています。この疫病が伝染性なのか前近代で主流だった瘴気説をとるのかをめぐり議論が見られたりします。また人の生き方や考え方に踏み込むようなことも見られるようになります。新型コロナウイルスにどう対応するのかをめぐり様々な立場から意見が出され、それに対して様々な反応があらわれたこの3年間の人々の言動、立ち居振る舞いなども後世このような形で分析される時が来るのでしょう。果たしてどのように捉えられるのか、その時点ではまず生きていないと思いますがとても興味深いものがあります。

また、気候変動や自然災害というテーマも温暖化や線状降雨帯の発生とそれに伴う大雨などをよく目にするようになった今は非常に興味関心を抱きやすいテーマでしょう。黄河の大氾濫、川の流れの変化などがおきていた元末期、それに対してどのように対応しようとしたのかをあつかった章はある問題を解決することで別の問題が発生する(黄河の流れを変えることで、確かに物流は安定はしたが、水環境の変化や旧河道の砂漠化や塩害の発生がみられる)というところがあり、自然に対し人間が働きかけることの功罪について考える材料となるでしょう。

刊行がだいぶ後になったことで、期せずして非常に一般向けにも印象深い一冊になったとおもいます。ペストの広がりや起源については章ごとに深さや広がりがなんとなく違うようなところがみられる(参考にしている本や学説が少しずつ違いがあるかと)というところはありますが、是非とも手に取って読んでみて欲しいとおもいます。古い時代のことを学び知ることがいまを生きるうえで何か考えるヒントになる時がある、そんな感じがする一冊です

8月の読書

8月になりました。暑い日々が続く中で読書が進むのかどうかはわかりませんが、こんな感じで読んでいます。

 

姜尚中(総監修)「アジア人物史3 ユーラシア東西ふたつの帝国」集英社:読了

小野寺拓也・田野大輔「検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?」岩波書店:読了

三佐川亮宏「オットー大帝 ー辺境の戦士から「神聖ローマ帝国」樹立者へ」中央公論新社中公新書):読了

惣領冬美「チェーザレ13」講談社:読了

小島渉「カブトムシの謎をとく」筑摩書房ちくまプリマー新書):読了

櫻井康人「十字軍国家」筑摩書房(筑摩選書):読了

シュテファン・パツォルト「封建制の多面鏡」刀水書房:読了

千葉敏之(編著)「1348年 気候不順と生存危機」山川出版社(歴史の転換期):読了