まずはこの辺は読んでみよう

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千葉敏之(編著)「1348年 気候不順と生存危機」山川出版社(歴史の転換期)

山川出版社から刊行されてきた「歴史の転換期」シリーズもついに完結の時を迎えました。扱われるのは1348年、中世ヨーロッパで黒死病(ペスト)の大流行を迎えた時代であり、そのほかの地域でも疫病や気候不順、相次ぐ戦乱が見られた時期でした。いっぽう、モンゴル帝国の覇権のもと、世界の一体化がすすみ、陸海の道を行き来する様々な人々が見られた時代でもありました。

本書はペストの流行、自然災害(寒冷化、イナゴの害、水害など)がおきた中東においてそれが社会や人々のものの見方や考え方にどのように影響を与えているのかをあつかった章、中世ヨーロッパにおいてペストがどのように広がったのか、そしてそれに対しどのように対応したのか(中東の章の医学などと比べても興味深い)を扱った章がまずみられます。

そのあと、モンゴル帝国がどのようにして解体に向かっていったのかを元および各ハン国ごとにあつかいつつこの広大な帝国の成立が人類の歴史にどのようなインパクトを与えたのか、人やものの流れにどのような影響を与えたのかを扱っていきます。

モンゴル帝国を構成する諸国の解体についてはそれぞれ違う要因があり(疫病の影響も違いがある)、元については疫病ではなく災害と反乱によるということが示されています。元が中国を支配した時代は黄河の流れが安定しなかった時代であること、元明交代期はちょうど気候変動期であり人間社会がそれにうまく対応できないなかで黄河の氾濫もおきるなど様々な困難に直面した時代であることが示されます。そういった自然災害にどのように対応しようとしたのかと言ったことも論じられています。

補論では東南アジアにおいて気候変動が続く中で旧来の国家が解体し新興国家が台頭していった可能性を示す内容となっています。

本書全体を通じ、気候変動や自然災害、そして疫病といったものが人類の歴史にどのような影響を与えたのかという事柄は共通して触れられていると思います。内容的に現代の人の興味関心を惹きやすいテーマでまとまった巻だともいえます(脱稿したのが2019年ということが明記された章がいくつかありますが、出たのがここまで伸びる間に、その後の情勢により内容をさらに書き加えたりしたところがあるのかなと想像してしまいました)。こう言ったものに対して人類がどのように対応しようとしたのかということについては、やはりこの3年間を経験した今の時代の人は疫病関連のことに注意が向きやすいとおもいます。

医学に携わるものたちや為政者が疫病に対しどのように立ち向かおうとしたのか、そして疫病をどのように考えたのかといったことが中東やヨーロッパの事例をもとに語られています。この疫病が伝染性なのか前近代で主流だった瘴気説をとるのかをめぐり議論が見られたりします。また人の生き方や考え方に踏み込むようなことも見られるようになります。新型コロナウイルスにどう対応するのかをめぐり様々な立場から意見が出され、それに対して様々な反応があらわれたこの3年間の人々の言動、立ち居振る舞いなども後世このような形で分析される時が来るのでしょう。果たしてどのように捉えられるのか、その時点ではまず生きていないと思いますがとても興味深いものがあります。

また、気候変動や自然災害というテーマも温暖化や線状降雨帯の発生とそれに伴う大雨などをよく目にするようになった今は非常に興味関心を抱きやすいテーマでしょう。黄河の大氾濫、川の流れの変化などがおきていた元末期、それに対してどのように対応しようとしたのかをあつかった章はある問題を解決することで別の問題が発生する(黄河の流れを変えることで、確かに物流は安定はしたが、水環境の変化や旧河道の砂漠化や塩害の発生がみられる)というところがあり、自然に対し人間が働きかけることの功罪について考える材料となるでしょう。

刊行がだいぶ後になったことで、期せずして非常に一般向けにも印象深い一冊になったとおもいます。ペストの広がりや起源については章ごとに深さや広がりがなんとなく違うようなところがみられる(参考にしている本や学説が少しずつ違いがあるかと)というところはありますが、是非とも手に取って読んでみて欲しいとおもいます。古い時代のことを学び知ることがいまを生きるうえで何か考えるヒントになる時がある、そんな感じがする一冊です