まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

中谷功治「ビザンツ帝国 千年の興亡と皇帝たち」中央公論新社(中公新書)

ヨーロッパとアジアにまたがる領土を保持しつつ、千年に渡り存続したビザンツ帝国、その歴史を扱った本が2019年から2020年にかけて次々と刊行されています。このブログでもいくつか取り上げて感想を書いてきました。まるで「日本におけるビザンツ年」のような状況が続く中で、新しい研究成果を反映したビザンツ帝国についての新書が刊行されました。

内容構成としては、ユスティニアヌスの時代など初期のビザンツ帝国については序章で流れを扱い、パライオロゴス朝の時代については終章でイタリアのルネサンスとも絡めながらまとめています。中心となるのは7世紀から12世紀、一つの歴史的世界として「ビザンツ世界」が作られ、独自の動きが展開された時代が扱われています。そして、章の構成は通史的な話も出てきますが、テーマごとに叙述が構成されているような作りとなっています。

本書では、ビザンツ帝国の領土と影響力が及ぶ地域を「ビザンツ世界」と設定し、それがどのように形成されたのか、その中で何が起きていたのかが扱われています。第1章のヘラクレイオス朝のところは皇帝の活動を通じ「ビザンツ世界」が形成される様子が描かれますが、その後の章では通史的記述の枠を保ちつつもイコノクラスム、テマ制、文化活動、コンスタンティノープルに引き寄せられる人々、成長する貴族などのテーマを扱います。章によっては改革者ニケフォロス1世や文人皇帝コンスタンティノス7世、常にどこかで戦い続けるアレクシオス1世と言った皇帝の名前を前面にだしながら、彼らの業績と絡めながらテーマに関する叙述が行われています。テーマが中心とはいえ、通史的な内容も押さえられる構成となっています。

各章では随所に最近の研究動向の成果が盛りこまれ、それに対する著者の考え方も交えながら話が進められています。イコノクラスムはイコン支持派が勝利した後に創作した「神話」のようなものだということ、テマ制の始まりをニケフォロス1世の改革において考えることなどがそういう事例としてあげられるでしょう。また、8世紀から9世紀という時代の捉え方をイコノクラスムの時代では無くテマ反乱の時代として捉えるという所は、著者の別の本で主張されていたことです。

そして、本書が7世紀から12世紀のことを中心としていることとも関連しますが、徐々に拡大する分権的なプロノイアが世襲化していったパライオロゴス朝時代は中央集権を旨とする君主専制とは呼べない状況ゆえ、「帝国」の歴史にはあえて含めないと言う姿勢をとっています。もちろんパライオロゴス朝の時代についての記述もありますし、この時代の教会合同のうごきやイタリアなど西欧への文化の伝播に関わるような話はしていますが、ビザンツ「帝国」の歴史の捉え方として、類書には無い本書の特徴ともいえるかもしれません。

各章の終わりに挟み込まれたコラムは、この国の呼称やギリシア語の表記法といったものから、ビザンツにおける「デモクラティア」の意味、ユーラシアにおける国家の興亡、ビザンツの継承国家としてのオスマンといったものもあり、それぞれが興味深いのですが、現代の日本で何故ビザンツを研究するのか、著者の問題意識の一端が表れているように感じる内容です。

交通の要衝、ヨーロッパとアジアの狭間という「文明の十字路」に1000年間も生きながらえた帝国の波瀾万丈の歴史のなかでも、この国がその周辺もふくめて独自の世界を形成し周辺地域と関わりを持ってきた時代を重点的に語っていく本だと思います。ある一つの帝国・歴史的世界の形成と発展、そして衰退と残照がコンパクトにまとめられていますが、ビザンツ帝国ビザンツ世界のあり方から何を汲み取ることができるのか、如何に引き出すのか、そしてそれをもとにどのようなことを考えていくのか、それは読者の腕の見せ所でしょう。

ビザンツ帝国に関して比較的廉価な書籍としては、現在講談社学術文庫より出ている「生き残った帝国ビザンティン」がありますが、それを読んだら是非こちらも読んでみて欲しいと思います。