まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

アンナ・コムニニ(相野洋三訳)「アレクシアス」悠書館

地中海世界で長く繁栄してきたビザンツ帝国も、11世紀後半になるとセルジューク朝の侵攻、そして度々発生する内訌などにより衰えてきていました。クーデタにより度々皇帝は地位を追われ、内紛が相次ぎ、さらに外部からの侵入者もやってくるという苦難の時代にありました。

そんななか、ある軍事貴族が都に攻め上り、皇帝に即位します。その皇帝はイタリアのノルマン人勢力に最初の戦いでは劣勢を強いられるなど苦戦しながらも、二度目の戦争では最終的に勝利を収め、北方からやってくる遊牧民を度々撃退していきました。東のほうでもトルコ系集団がアナトリアにどんどん入ってくる状況にありましたがイスラム系集団との戦いでも挽回していきました。そしてなにより、第1回十字軍が到来し、戦闘に関する文化の違いは十字軍とビザンツ双方を戸惑わせることになります。

上述のような外部からの侵入が絶えず発生する一方、国内では、皇帝を廃位しようとする陰謀が幾度となく計画され、それをおさえることに皇帝はかなりの力を使わねばなりませんでした。またキリスト教の世界でも怪しげな教説を説くものが現れ、それが社会を乱すこともありました。

このような内憂外患の状況下で皇帝位につき、卓越した軍事と政治の手腕を発揮してビザンツ帝国を立て直したのがアレクシオス1世でした。本書は彼の娘であるアンナが、皇帝となる前から各地の反乱を平定し、皇帝となってからはノルマン人やセルジューク朝などトルコ系勢力、北からやってくる遊牧民達の侵攻を退けつつ、皇帝に対し幾度となく企てられる陰謀をのりきり、ビザンツ帝国を支えて発展させた皇帝の一代記として描いた歴史書です。

帝国で受けられる高度な教育の成果を遺憾なく発揮して描かれたアレクシオス1世の姿は、武勇と知略に優れ、乱世を勝ち抜き、度重なる陰謀を退け、周辺からの侵入者との戦いに明け暮れ苦戦はしながら最終的にそれを防ぎきる優れた軍人皇帝のような姿です。彼女自身の父親への敬愛の念あふれる記述が時々続くと、それは一端止めて本筋に戻す旨の文章とともに歴史記述へ戻したりしていますが、それでもなお父親への敬愛の念が溢れ出るところは、それもまた一興かと思われます。

一方、彼女の色々なことに関する複雑な思いや悲しみを反映する場面もよくみられます。アレクシオスがロベール・ギスカールとの戦いにのりだすとき、母親に全権を委ねて留守を任せ、そこで握ることになった権限などを説明している様子からは、自分が父親の後を継ぎたいという思いがかんじられます。自分が生まれたときと弟が生まれたときで叙述への力の入れようが全く違っているところも、本来であれば父の後をつぐのは自分であると信じ、何とかして弟を追い落とそうとクーデタを画策していたという彼女らしいともいえます。一通り通読した後も、気になるところをピックアップしながら何度も繰り返し読んでも飽きることはなさそうです。値段相応、それ以上の価値はあるかと思いますよ。