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本村凌二「地中海世界の歴史2 沈黙する神々の帝国」講談社〔選書メチエ)

ローマ史研究者の本村先生がライフワークとして地中海世界の歴史をオリエント世界も含めた形で全8巻で書く野心的な企画がスタートし、1巻と2巻が同時刊行されました。第2巻はアッシリアやペルシアと言った帝国を扱っていきます。

第1巻はメソポタミア文明エジプト文明、地中海東岸をあつかい、二分心仮説を用いながら、オリエント世界の神と人の関係にせまるというかなり思い切った内容となっていました。第2巻では「沈黙する神々の帝国』ということで、神々の声が聞こえていた時代からどのように変わっていったのか、そしてアッシリアやアケメネス朝といった帝国がどのように現れてくるのかを扱っていきます。

まず第1章ではアルファベット、一神教、貨幣という、その後の歴史に多大な影響を与えたものが地中海世界で登場していく流れを扱っています。複雑化・多様化する文明を単純化・一様化する動きがみられるという視点のもと、これら3つの要素も文明の単純化・一様化に資するものとしてとらえていくようです。そのほか、多神教と違い人々の心の中にも踏み込む一神教の登場とともに、神々の声が聞こえなくなった人々は「神々の沈黙」のなか唯一神にのみすがり唯一の神声を聞こうとして祈る,1巻とのつながりとしてそのような捉え方が登場します。そして第2巻で新たに登場する視点としてヤスパースの「枢軸時代」という時代の捉え方を取り入れていきます。これについては第4章であらためてとりあげられています。

第2章ではアッシリアとその後の4王国分立、第3章ではアケメネス朝ペルシアの発展という、「世界帝国」の歴史を描きます。このあたりの「強圧の帝国アッシリア」「寛容の帝国ペルシア」という大まかな見取り図は著者が書いた『地中海世界ローマ帝国』でも触れられていたと記憶しています。初の「世界帝国」アッシリアに関してはほかのオリエント諸国でも慣習的にやっていた強制移住を、大規模かつ恒常的にやらざるを得なくなるなど、未知の領域に踏み込んだ故に試行錯誤のなかに乱暴かつ粗野なものもあったというところや、ペルシア帝国の寛容などはその時の見取り図と比べ内容がより豊富になっていると感じました。

そして第4章では、神々が沈黙した時代の宗教や思想のながれについて第4章でまとめていきますが、神々が沈黙していく時代の宗教運動としてユダヤ教ゾロアスター教の登場をとりあげるだけでなく、ユーラシア各地での思想や宗教の展開にも踏み込みます。インド、ギリシア、などユーラシア各地で人間の内面への探求、人間そのものの実態を探求する流れが見られた「枢軸時代」、神の声に従えば良いという時代から神々が沈黙し人間が自分で考える時代へ移りゆくなかで人をまとめる「帝国」が必要となり、それがオリエントの「世界帝国」の出現二至ったという見立てのようです。

以前提示した見取り図に基づき、先行諸研究を参考にしながら堅実にまとめたアッシリアとアケメネス朝を描いた第2章と第3章、それに対し二分心論や「枢軸時代」、文明論といったスケールの大きな話の展開が見られる1章と4章、古代のオリエントに「帝国」が生まれた背景を心性史から見ていくという内容の当否については私には分かりかねるところも実はあります。しかしながらこの見立ては刺激的だとおもいます。この後ギリシアを扱う巻が来るようですが、どのような展開をこの後繋いでいくのか楽しみにしています。