まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

Kostas Vlassopoulos「Greeks and Barbarians」Cambridge Univ. Press

古代ギリシア人は自らを「ヘレネス」、異民族を「バルバロイ」と区分していたとよくいわれます。そして、ギリシア人は「バルバロイ」を自分達より劣る者と いうニュアンスをこめるようになっていったということもよく言われていますし、それとセットで古代ギリシア人の優位もいわれたりします。そして、このよう なギリシア人と異民族の見方は今でも影響が強く、塩野七生「ギリシア人の物語」にもそのあたりは色濃く見られます。

しかし古代ギリシア人と異民族の間に政治的・社会的・経済的・文化的交流がいろいろな形であったことについては、最近ではいろいろと指摘されるようになっ てきています。本書ではネットワークの世界、「アポイキア(植民)」の世界、パン・ヘレニズムの世界、そして帝国の世界、という4つの分かれているが、ど こか重なり合ってくる世界がギリシア人と異民族の間に形成されていたとし、具体的な事例を取り上げながらまとめていきます。ペルシア戦争でペルシア側につ くギリシア人、傭兵や技術者、芸術家など東方で働くギリシア人の存在、汎ギリシア的な聖域において名誉を授かるトラキア人やリュディア人の存在、アテネ市 民権を授けられるペルシア太守の存在や、エンポリウムで異民族商人と取引するギリシア人や、異民族と婚姻関係を通じて結びつくギリシアの有力者、非ギリシ ア人の勢力の支配下に入る植民市、ギリシア神話に取り込まれたオリエントの英雄、こういった事例がとりあげられていきます。

上記4つの世界をあつかうにあたり、この本で鍵となる言葉が2つあります。一つは「グローバリゼーション」、そしてもう一つが「グローカリゼーション」で す。前者はよく聞く単語ですが、後者はあまり見たことがないという人も多いかと思います。あるものが世界各地に広がり、それぞれの地域に合わせた形で受け 入れられていく(例えばハンバーガーショップの「テリヤキバーガー」、寿司の「カリフォルニアロール」といったところか)、そういう現象を表す際に使われ ることがありますが、東地中海・西アジア一帯の歴史を見るにあたり、この2つの考え方は結構効果的な感じがしました。ただし、ギリシア文化のグローバル 化、グローカル化は、各地域の「ギリシア化」とはまた別のこととして扱われているように感じました。

そして、アレクサンドロス東征によりギリシア本土、地中海世界、そしてオリエントを含めたヘレニズム世界が形成されますが、ギリシア人が非ギリシア人を支 配するという、それ以前のアッシリアやアケメネス朝の時代とは違う状況が登場し、そのときギリシア文化の「グローカリゼーション」が進んだことが指摘され ています。この章ではポントスやコンマゲネといった国々や、ユダヤ人たちの事柄が取り上げられるほか、ローマのことも扱われています。さらに、ギリシア文 化のグローバル化が進む一方、ほかの文化のグローバル化も並行して進んでいたこともまた指摘されています。

本書はギリシア人とギリシア文化がオリエント世界及びそこに暮らす人々とどのような関係を作り、どのような文化的な相互作用があったのかを多くの事例をも とにまとめています。ギリシア人と異民族の関係というと、「オリエンタリズム」のような見方になりがちですが、それだけでは語り尽くせないものがあるとい うことがよくわかる一冊です。文章も比較的読みやすく、英語がある程度できる高校生でも読めるのではないかという気がします。もっとも、可能ならば邦訳が 出るとありがたいです。