まずはこの辺は読んでみよう

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ディアナ・ゲルゴヴァ(千本真生(監修・翻訳)、田尾誠敏、松前もゆる訳)「ゲタイ族と黄金遺宝」愛育社

古代ギリシア人たちがポリスを作った世界、フィリッポス2世やアレクサンドロス大王を輩出したマケドニア王国、この辺りについては長い間の研究蓄積や、近 年の研究の進展により、様々なことがわかるようになっています。しかし、それに隣り合う世界において、同じ時期に何が起きていたのか、そこにどのような 人々が暮らし、どのような文化を持っていたのかといったところまでは今の日本ではあまりわかっていないのではないかとおもいます。

ギリシア人たちの世界に隣り合って存在し、ある時は強大な力を持っていたのがトラキア人たちです。現在のブルガリアのあたりを中心としてトラキア人は文化 を築き、時によっては強大な勢力を振るったことがありました。しかしトラキア人の歴史についてはあまり詳しいことを書いた邦語文献は見当たらりません。

いっぽう、トラキア文化というと現在盛んに行われている墳丘墓の発掘とそこから見つかる黄金遺宝については近年取り上げられる機会が少しずつ増えていま す。本書は、そんなトラキア人の部族のひとつであるゲタイ族に関して、発掘の成果やそこから分かりうることをコンパクトにまとめた一冊です。マケドニア史 にもトラキア人が関係してくるところはあり、ゲタイ族とフィリッポス2世やリュシマコスとの関係について触れている箇所もありました。

しかし、それ以上に本書で見るべきところは、発掘されて見つかったゲタイ族の遺宝の豊かさではないかとおもいます。宗教儀礼に関連していると思われる遺跡 や遺物、さらにゲタイ族の王族の墓ではないかとされる遺跡から見つかった豪華な副葬品などなどからは、ゲタイ族社会の一部ではあっても、豊かな物質文化を 誇っていたことをうかがい知ることができます。古代のバルカン半島エーゲ海周辺というと、古代ギリシア人の歴史が中心になってきますが、ギリシア人と接 していた他の人々についてもいろいろなことを知りたいと思うようになる一冊です。

自らの歴史を文字で書き残すということがなかったトラキア人の歴史に迫るとなると、やはり考古学の成果は必要となり、そこに古代ギリシアの文献学、さらに は神話学や宗教学、天文学などなどさまざまな学問分野とも共同しながら歴史の解明に当たっているということが現状のようです。一方で、ブルガリアの考古学 を取り巻く状況が厳しいこともうかがい知ることができます。現在よく行われている重機を使って一気に墳丘をほるという発掘のやり方で成果は上がっている一 方、考古学的な情報が損なわれる可能性はあるという問題があることは指摘されていますが、それくらい速やかに発掘と調査を行わないと、調査をする前に遺跡 が盗掘によって荒らされるという別の問題が発生するという困難があり、このあたりはどうすれば良いのか、解決は極めて困難な問題があることがわかります。

本書は極めて小規模な出版社から出された本であり、入手は少々面倒かもしれません。私も書店に取り寄せてもらいました。書店の本棚に置いてあるところはほとんど見たことがありませんが、興味を持ったら是非手に取ってみて欲しい一冊です。