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白石典之「モンゴル帝国誕生」講談社(選書メチエ)

13世紀、ユーラシア大陸を席巻し、「パクス・モンゴリカ」と呼ばれる状況を築いたモンゴル帝国、昨今ではこの時代を「モンゴル時代」と呼ぶこともおおくなりました。そしてモンゴル帝国についても研究が進み、モンゴルの登場を持って「世界史」がはじまると考える人もいます。

 

そんなモンゴル帝国を建国したチンギス・カンですが、彼について確実にわかっていることはそれほど多くないようです。そんなチンギス・カンについて文献史料だけでなく、考古学調査の成果をもちいながら新書を書いた著者が、従来から続けてきたモンゴルのアウラガ遺跡の調査成果に加え、チンギス・カンが生きた時代の自然環境についての分析も合わせて書き上げたのが本書です。

 

本書ではチンギス・カンは「厳しい自然環境を生き抜くため、良質の馬と鉄を手に入れ、道路網を整備し、モンゴルの民の暮らしを支え続けた」と紹介されています。そうした事柄を明らかにするため、著者は考古学の成果に加え、様々な学問分野ももちいていきます。

 

例えば、自然地理学や機構学、森林生態学の研究の成果などももちい、モンゴル高原の自然環境について考察し、若き日に隠棲していた山地は実は多角的な牧畜を可能とする場所であり、かつ寒冷期にあったモンゴル高原のなかでは冷涼で乾燥した気候を過ごすのに適した場所であったことをしめしていきます。

 

また、チンギス・カンの覇業を支えたモンゴル騎馬軍についても、チンギスが保有した遊牧地は周辺諸部族のそれとくらべ寒雪害の被害を受けにくく、また土壌学や草原生態学的見地から見ても馬の育成に適した場所であったこと、さらに馬具や防具の軽量化をすすめるともに、それを鉄資源確保と鉄製品生産にリンクさせていたことを示していきます。資源確保ということでは、チンギスのもとでの道路整備のはなしも関連してきます。モンゴルというと駅伝制が有名ですが、すでにチンギスの時代に鉄などの生産拠点を結ぶ道が整備されていたことが明らかにされていきます。

 

馬や道のはなしにも現れてきますが、著者が長年発掘に携わってきたアウラガ遺跡の話とも関連してくる鉄資源や鉄生産のはなしが本書では最も重点を置かれているところかと思われます。以前の著作で、すでにアウラガ遺跡のはなしは取り上げ荒れていましたが、そこから他の諸分野の成果を取り込んで掘り下げ、より深化させた内容となっている一冊です。

 

他にも、チンギス登場前のモンゴル高原の諸部族争っていたのも無秩序に争っていたというわけではないことが示されています。ではどのような状況かというと、モンゴル高原の諸部族はモンゴル高原方面への復帰をねらう西遼の支援を受ける勢力と、遼を滅ぼし華北を支配する金の支援を受ける勢力があり、西遼と金の勢力争いの場となっていたことが示されています。また、チンギス関係ではケレイトのトオリルとの関係にかなりページが割かれているいっぽうで、チンギスの盟友でのちに敵対して戦うことになるジャムカについてはごくわずかであるというところも興味深いです。

 

文献史料、考古資料だけでなく、様々な分野を取り込みながら、「文理融合」型の研究成果をまとめた一冊というところでしょうか。今後のアウラガ遺跡のさらなる調査にも期待したいところです。