まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ローレンス・M・プリンチペ( 菅谷 暁・山田 俊弘訳)「科学革命」丸善出版(サイエンス・パレット)

16世紀、17世紀(近世、初期近代)のヨーロッパでは科学史上重要な発見が相次ぎ、「科学革命」という言葉が使われることが良く見受けられます。天文に 関してコペルニクス、ガリレオ、ティコ=ブラーエ、ケプラーといった人々の業績が有名ですし、その他医学でも発展が見られた時代でした。その他にも様々な 科学法則の発見もみられました。この時代の科学史上の重要な発見が後世に大きな影響を与え、人々の物の見方を変えていくことになりました。

こうした新しい発見をした人々について、どのようなイメージを持っているでしょうか。おそらく多くの人のイメージとしては、彼らは旧来の世界に根付いてい たもの、信仰や迷信などといったものを真っ向から批判・否定し、新しい世界を切り開いた人というイメージを持つかもしれません。特に天動説から地動説へと いう天体関係の話から、コペルニクスやガリレオに対するイメージを強く持つ人は多いでしょう。

しかし本書を読むと、そこまで単純にこの時代の科学者たちが旧来の世界の価値観を捨て去っていたわけではないと言うことが示されていきます。世界に存在す るあらゆるものは見えない結びつきがあり、自然界には神の隠された意図が何かしら存在しているという認識が普通であったと捉えられています。そして新大陸 の発見などそれ以前とは違う変化が起きていく中で、初期近代の科学者たちも様々な自然現象を観察しながら、神の意図を明らかにし、世界を理解しようとして 試行錯誤を積み重ねていった結果が「科学革命」だったということになるでしょうか。なお科学と宗教の対立という視点で現代人は語りがちですが、初期近代の 科学者たちについてそのとらえ方は誤りであるといえるでしょう。むしろ宗教的動機が彼らの研究を促したというほうが実情を正しく表しているようです。

そして本書では天文関係の話に1章を割きつつ、天文学や数学的な自然学以外の諸科学の発展についても多くの頁を割いていきます。さらに錬金術や実験、自然 誌や地球論といった事柄、自然の研究を進めるための組織として学会、アカデミーといったものの形成が進んだことにも触れています。そして最後のほうではフ ランシス・ベーコンを取り上げながら「役に立つ科学」をもとめる動向の出現といったことにも踏み込んでいます。その他、医学の分野によっては当時の学問の 制度的枠組み(大学とか)の外側で展開されていたものがあることにも触れています。

「科学革命」の時代に中世以来のスコラ哲学、アリストテレス主義は一気に消えていったというように思う人もいるかもしれません。確かにアリストテレス的枠 組みは批判に晒されていましたが、その一方でアリストテレス的枠組みにこの時代の様々な成果を取り込んでいたことなどの言及もあります。このあたりはアリ ストテレス主義などの再評価が進む近年の研究成果を取り込んでいるとのことです。

本書は連続と変化、伝統的なものと革新的なものが混在する初期近代に研究者のバックグラウンドも伝統主義者から改革者まで多岐にわたるような学問的な活動 が展開されていたという事が非常にわかりやすく書かれている一冊です。天文学や数学的な自然学に限らず、錬金術やキミストリー(ケミストリー(化学)以前 の段階)、実験、技術、自然誌などさまざまな事柄を扱いつつコンパクトにまとまっています。当時の人々の世界観とその中での自然研究の発展、学問の制度的 枠組みと新しい研究の関係等々にも触れており、初期近代の思想・学術について関心のある人はもちろんのこと、そうでない人もこれを読むと面白いんじゃない かなと思います。