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山舩晃太郎「沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う」新潮社(新潮文庫)

日本史でも元寇の沈没船が発見されたことが過去ニュースにも取り上げられていましたが、海に沈む沈没船から様々なものが発見され、それによって歴史の一端が明らかになることがあります。地中海の古代ギリシアの沈没船から見つかったアンフォラが当時の経済活動の一端を知る手がかりになったり、インド洋で中国の陶磁器を積んだ船が見つかり、アジア海域世界の交易の一端がつかめるなど、いろいろな成果が得られています。

本書は水中に沈んだ遺跡を調査する水中考古学で活躍する著者が、英語力ゼロ(トフルで1点を叩き出す、ハンバーガーさえ注文できず悪戦苦闘するなど初期の頃のエピソードは強烈です)、しかしそこから努力を重ね博士を取得、各地の水に沈んだ遺跡の調査を行うようになる過程と、著者が調査に関わった各地の水中遺跡とそれに関するエッセイからなる本です。

本書の中には水中考古学に関連する専門的な事柄、例えばどのような機材を使っているのか、調査のための作業時間はどれくらいとれるのか、作業の準備はどのようなことが必要なのかなどを可能な限りわかりやすい言葉で伝えています。また調査チームの組み方などの話もでてきますが、集団生活を送っているといろいろ人間関係のトラブルも起こるようで、その手のことに対するストレス耐性はとても大事な気がしてきます(昨今、その手の能力は要らないと思う人が増えているようですが、それでは大業は成せないでしょう)。

また、水中考古学について色々と興味深いことが書かれています。例えば沈没船の発見場所は港町の近くが多く、それは港を出てすぐと帰ってきた時が最も事故が起きやすいためということであったり、大航海時代のキャラベル船は実は設計図が見つかっておらず詳細な構造が不明であること、水中考古学も国によって遺跡から得る情報や研究の主たる目的も色々と違うことなどが触れられています。冷たい雪解け水が流れるドブ川にも潜るなど色々と大変なこともあるようですが、大変だけれどとても楽しそうな様子が伝わってきます。

そして、著者は古代から近代まで様々な水中遺跡の調査に関わっていますが、水中考古学者としての強みとして、様々な沈没船の船型図を覚え,多くの調査に関わることで、沈没船がどのように沈み埋まっているかを速やかに理解できること、そして著者が途中で思い切ってテーマを変更して博士論文にまとめあげた新しい技術を組み合わせた沈没船発掘の方法論が挙げられると思います。とくにフォトグラメトリを用いた発掘研究の方法論を打ち出したことが水中考古学の分野に対する大きな貢献であり、それゆえに著者がいろいろな遺跡調査に呼ばれるのでしょう。

何かを解き明かすということは学問の世界で非常に重要なことだとおもいますが、研究のための新たな方法論を確立することもまた重要なことでしょう。それにより、さらなる探求が可能となり、新たな世界が広がる可能性が増すのですから。