まずはこの辺は読んでみよう

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馬伯庸(齊藤正高・泊功訳)「両京十五日 Ⅱ 天命」早川書房

北京から南京への遷都のため送られてきた皇太子が命を狙われ、さらに北京の皇帝も危ない状態になるなか、皇太子が北京を目指す「両京十五日」、1巻が非常に面白く次を楽しみにしていました。それが無事刊行され、早速読みました。この巻では、皇位をめぐる明王朝の危機、呉定縁の素性、そして蘇荊渓の真の復讐相手と言った前の巻から続いてることが明らかになっていきます。

物語のメインストーリに関わる皇位をめぐる争いについては、朱家の中でも色々と複雑な事情を抱えながら生きている様子が窺えます。于謙が呟く「“兄弟、牆に鬩ぐ(兄弟が家庭内で争うこと)”に始まり、“兄弟、牆に鬩ぐ”に終わった」という展開ですが、父親がどちらの子に期待するのか、兄と弟の気質や器量のバランスはどうなのかなど、こういう家で兄弟というのはなかなか難しい関係になりやすいところはあるでしょう。

呉定縁の素性や、彼を付け狙うジェイソンもとい梁興甫がなぜあのような狂人と化したのか、これらの謎や皇位をめぐる陰謀の根元を辿ると、どうも靖難の役や永楽帝の存在に辿り着きます。この戦いで殊勲を挙げたものたちの中に積もる不満と野心と人的繋がり、靖難の役の際に犠牲となった人々の繋がりや永楽帝により与えられた苛烈な処分と悲惨な運命、そうしたものが色々と繋がりあいながら現れてきます。いろいろなところから湧いた水が徐々に集まり大河となるような感じで、この辺りに関する真相が明らかになっていくのですが、派手な戦闘や立ち回り、冒険を挟み込みながらそれが展開し、非常に面白く読めました。

南京を脱出し北京を目指す太子や呉定縁といった人々の活躍の一方、呉定縁と蘇荊渓、太子の微妙な関係も描かれています。実はこの一連の出来事で常に冷静に状況を判断して行動し、太子や呉定縁、于謙などをうまく動かしてきた蘇荊渓が復讐したい真の相手も明らかになります。詳しいことはここには書けませんが(話の核心に関わるので。しかしここでも絡むか永楽帝、とは思いましたが)、これまで彼女について語られてきたことすら、彼女が本懐を遂げるための手段でしかなかったということに衝撃を受けています。深い愛情を抱く相手を見つけるのは難しい,そしてそれを奪ったものに対しては苛烈なる復讐を、というところかと。

2巻でもなかなかに面白い,魅力あるキャラクターは登場します。呉定縁にたいして衝撃的な事実を告げる白蓮教の仏母は田舎者全開な台詞回しと身も蓋もない言動で、教壇トップというよりもその辺の田舎のおばちゃんという感じですがなかなか面白い人物となっています。また、途中から現れる太子の叔父(皇后の弟)の張泉とその友人でベトナム出身の宦官である阮安はこの時代ではなかなかに珍しい理系っぽい人物(阮安はまさに理系専門マニア、というかオタク気質か)として描かれています。前作からの登場人物としては昨葉何のキャラクターがだいぶ掘り下げられた感じです。彼女と蘇荊渓でなにかちょっとサイドの話が書けるのではないかとも思えます。この話、女性陣の活躍が結構目立つ展開になっています。そしてこの時代の女性の悲劇もかなり扱われております。この辺りは現代ならではというところでしょうか。

終盤で呉定縁の素性、蘇荊渓の本当の狙いが明らかになり、物語は終わりを迎えますが1巻の痛快な感じの冒険小説という展開からはだいぶ苦い結末になったように感じます。人にはどうしても譲れないもの・許せないものはある、旅を通じ友として分かり合えたと思っても、どうしても分かり合えないところはある、でもそう言ったものを抱えながら生きていかなくてはならない難しさ、そんなものを感じる終わり方となっています。宣徳帝のかなりビターなビルドゥングスロマンというと言い過ぎでしょうか。面白いので一気に読んでしまいましたが、また何度か読み直してみたいと思います。そして著者の他の本もぜひ訳してほしいものですし、「長安十二時辰」をまたどこかのテレビ局でやってほしいですね。