まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

馬伯庸(齊藤正高・泊功訳)「両京十五日 Ⅰ 凶兆」早川書房

時は明朝、4代目皇帝の治世、皇太子朱瞻基(のちの宣徳帝)が南京へと派遣されてきました。皇帝の意図は永楽帝が北京に移した都をまた南京に戻そうというものであり、そのために朱瞻基が派遣されてきます。しかし南京に到着したとき、彼を乗せた宝船が爆破され、出迎えに来ていた南京の官吏たちも多く犠牲となりました。辛くも助かった皇太子ですが、北京からの急使から北京にいる皇帝も危篤状況にあることを知ります。

爆破からは助かったものの、その後も命を狙われる皇太子は船が爆破した時にたまたま出会った南京の捕吏・呉定縁、南京の下級官人・于謙、そして秘密を抱えた女医・蘇荊渓らとともに南京を脱出し、北京を目指すことになりますが、、、。白蓮教もからみながら陰謀が練り上げられ、敵が事を起こすまで15日、南京から北京まで辿り着き敵の野望を挫くことはできるのか。

この4人の中で実在の人物は皇太子朱瞻基、そしてこの物語では南京の下級官人にすぎない于謙です。皇太子はのちの5代目皇帝宣徳帝であり、明の皇帝のなかでは国政を安定させた君主として評判は良いほうです。なお彼は鄭和に最後の南海遠征を行わせていますが、物語の序盤で鄭和も登場します(宝船爆破事件にまきこまれ、物語中では活躍しておりませんが)。

本書では皇太子は何度も水の中に落ちたり、汚泥に塗れたり、あろうことか髪を剃り上げられたりと散々な目にあい、結構ボロボロな扱いもされております。しかしながら道中で目にする大明帝国の現実に対していろいろと考えるところもあるようです。本書では南京遷都により様々な問題が生まれる可能性、庶民への負担の増大、漕運に伴う経済活動の重要性、そして北方対策として北京の持つ重要性などが随所に盛り込まれています。こうした経験がその後の「仁宣の治」にどう活きていくのか気になるところではありますが、そのまえにまずどうやって北京までたどり着くのかというところでしょう。

もう一人の実在人物である于謙ですが、彼は宣徳帝の時代に反乱鎮圧に従軍したり、地方官として活躍します。しかし彼が歴史の表舞台に躍り出て明朝の命運を救うことになるのは宣徳帝の次の皇帝の時、「土木の変」の後になります。ただ、この時の対応が原因で「土木の変」の8年後に于謙は断罪され処刑されてしまうことになります(後世に名誉回復はされるのですが)。本書で書かれる于謙も才気ありかつ気骨溢れる(ただ少々頭が硬い感じもありますが儒学を学んだ官僚となるとそれは致し方ないかと)ところを見せていますが、個人より社稷を重んじるところなど、その後の彼の行く末を暗示するような様子も見られます。

2人のオリジナルキャラクターもなかなかに魅力的です。呉定縁は南京では名の知れた捕物役人のボスを父としながらも、飲んだくれで持病持ち、妓楼を冷やかし父親から金をせびるという始末で周囲からは「ひごさお(長くて細いひごではふな竿にはならないとバカにしている)」と呼ばれています。まさに「昼行燈」という感じですが、実は父親の事件解決の背後で彼が動いており、本書でも序盤から切れ者っぷりをみせていきます。そして、どうも彼の出生にはかなり重大な秘密があるようです。

そして、実はこの4人の中でも相当な切れ者が女医の蘇荊渓です。確かな医術で皇太子の矢傷を治し、相手の話を注意深く聞きとりいろいろなことを直ちに理解する、そしてどんな状況でも冷静に判断して行動する彼女がなぜこの一行に加わったのかは、個人的な復讐が絡むような話として所々で語られています。一人はまず討ち果たしますが、果たして彼女が狙う真の復讐相手は誰なのか。

窮地に陥りながらも巧みにそれを切り抜けながら北京を目指す4人、その行手を阻むものは白蓮教徒と政府要人たちです。永楽帝恩顧の臣が皇太子の命を狙い南京で攻撃を仕掛けてきたりするだけでなく、道中で彼らの息のかかったものたちが一行の行手を阻まんとします。黒幕の正体はこれから明らかになりそうですが、皇族と何かしら繋がりがある者がいるようです。そして、彼らを追う白蓮教徒側もなかなか手強そうな面々がいます。何かしら甘いものをいつももぐもぐしながら現れる女子・昨葉何が暗躍し様々な情報を集め、確実に一行を追い詰めていこうとしている感じがします。そして、呉定縁にとり因縁の敵である梁興甫はまるで「十三日の金曜日」のジェイソンの如く迫ってきます。これがとてつもなく凶暴・強力であり、倒したと思っても何度でも立ち上がり行手を阻み、圧倒的な暴力と狂気をもって迫ってきます。こんなに終われるだけでも絶望感しか感じないのですが、果たしてどうなるのでしょうか。

そして白蓮教団側は呉定縁について興味深い情報をつかんだようですが、これも次巻でわかることになるのでしょう。本書のなかに靖難の役の顛末について興味深い描写もみられたりしますが、果たしてそれと関係があるのでしょうか。読み始めてから、窮地に遭いながらそれを切り抜けていく一行の活躍が面白く、一気に読み切ってしまいました。果たしてどのような結末が待つのか、次巻を待ちたいと思います。