まずはこの辺は読んでみよう

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ジェイムズ・ポスケット(水谷淳訳)「科学文明の起源」東洋経済新報

科学の歴史というと、前近代には中国など非ヨーロッパ圏での成果が多く取り上げられますが、ある時期からヨーロッパ中心になっていきます。特に近代科学ともなると、「科学革命」あたりからはもっぱらヨーロッパ(そしてアメリカ)の話題が中心となっていきます。しかしながらヨーロッパだけで近代科学は発展できたのか。

本書はそれに対し「否」と答えるスタンスをとっています。ヨーロッパでの様々な発見や学問の発展は、他の地域でみられた自然科学の成果とも連動しているということ、さらに「世界の一体化」が進んだ近代欧米における科学の発展に関しても非欧米系(日本や中国など)の研究者がそこで研究に従事し成果を上げていることを具体的な事例を挙げながら示していきます。

時代としては15世紀頃から始まる本書ですが、非欧米圏における自然界への探求、自然科学の成果の存在、そしてそれを欧米がどのように取り込んでいったのかを取り上げていきます。アステカにおける動植物観察の成果が取り込まれ、イスラム天文学等の成果が伝えられたこと、一方で中国にイエズス会宣教師がやってきて西洋の学術成果が中国に伝わったり、江戸時代の日本で西洋の学問を取り込み蘭学が発展したことなどがみられます。そして、欧米中心に近代科学が発展した時代には、物理学分野で欧米の研究機関にて学んだ日本や中国、インドの研究者が様々な成果を上げていく様子が書かれたり、中国での稲の交配技術確立やメキシコやイスラエルでの遺伝学研究と食糧増産に関わる話などもみられます。そして終盤ではヒトゲノム解析やAI、宇宙開発と行った現代の科学と世界各地での取りくみがふれられていきます。

扱う時代によりテーマは変わりますが、本書は非欧米圏における自然科学の発展について取り上げていますが、前近代の「黄金時代」とその後の停滞という形では取り上げていません。「黄金時代」とされる時代以降も非欧米圏での自然科学の営みは続いており、欧米圏との相互交流と刺激を通じて科学全体が発展していったというところが本書の見立てといえるでしょう。いろいろな制約があるためか、スポットでの紹介のようになっているところもありますが、非欧米圏での科学の歩みの一端がわかりやすくまとまっていると思います。

それとともに、科学の歩みについていろいろな事柄が結びつく、それが問題となることも示されていきます。自然の探求と博物学の発展は薬の材料や新たな食料を求める動きとも連動していますし、遺伝学研究は人口増加に対して食料をいかに増産するかということ、そして冷戦の時代にはアメリカが中心となり進めた食糧増産計画「緑の革命」は社会主義封じ込めを図ろうと言う意図と絡み、遺伝学研究もそこにかなり関係している様子が見られます。

そして、グローバル化ナショナリズムの強まる現代では、AIや宇宙開発、ヒトゲノム解析といったものが各国の勢力争いや国威発揚と結びついて発展しているところもあり、科学の発展がもたらすであろうと想像された未来とは少々違う事態も起きているようです。

また、本書で書かれた範囲内でも,科学の発展の歴史には様々な「不均衡」が現れています。欧米圏と非欧米圏の結びつきや刺激ということについて、両者は決して同じ立場ではないと言うことが随所に示されています。そこには奴隷貿易や植民地支配、軍事的征服の問題といったことが関係するだけでなく、非欧米圏の知識を欧米圏の研究者が掠め取るような状況も見られます。

さらに、本書ではインドの科学者に関するところで触れられるような男女の差別の問題もみられますし、所々で女性の科学者の話題も出てきます。しかしながら、本書で取り上げられている事例も多くは男性のものであったりします。科学の歴史を書くに当たって、まだまだ開拓の余地は残されているようです。

近代科学の歩みについて、欧米の話だけでなく、より広い範囲からそれを捉えようという試みとして、面白く読めました。科学の歩みは何者にも縛られない自由で平和な歩みでもなければ、科学の成果がバラ色の未来を保障してくれるかはわからないものでもありますが、ここまでの科学の歩みを考えることで、今後の歩みを考えるヒントは得られるのではないかと思います。