まずはこの辺は読んでみよう

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会田大輔「南北朝時代 五胡十六国から隋の統一まで」中央公論新社(中公新書)

魏・呉・蜀の三国鼎立は晋により統一され、中国は再び統一王朝による支配となりました。しかし晋による統一は短期間におわり、華北五胡十六国時代と呼ばれる分裂の時代、江南以下南部では司馬氏による晋の支配という状況に突入します。4世紀の動乱の時代から6世紀後半、随により統一されるまでの時代は短期間での王朝の交代や諸国の興亡などもあり、なかなか理解しにくいところもある時代のようにも見えますが、次の時代につながるような重要な要素、後に語り継がれる様々な文物が残された時代でもあります。

まず、西晋の崩壊と五胡十六国の動乱をへて北朝とつながる流れを描くに際し、本書では北魏を建国した拓跋部と関係する代国を軸にして描いていきます。それ以外の要素はかなり削ったところもありもう少し書いてもよかったとも思いましたが、あえてそうすることで理解しやすくなるところもあるでしょう。代国滅亡後は、北魏の建国と華北統一、北族優遇、部族の解散、帝権強化と継承の安定(太子監国制)など体制の整備について触れられています。

北魏の体制については、部族解散などをおこないつつ内朝官という北方諸族にしばし見られる君主のそばに仕えさせ経験を積ませ登用していくしくみを持つ、シャーマニズムに基づく祭祀や行幸・巡幸など儀礼や風習でもなど北方民族(本書では北族として書いています)とのつながりを重視する路線をとってきた時期があるということが示されます。皇帝と北族を結びつける上でこうしたものが重要であったのですが、徐々に漢族の取り込みも進めていきます。そして、天下統一を見据えた孝文帝の改革により漢族社会の貴族制の導入など路線の転換がすすみ、このことが北族の階層分化、中小北族の不満の蓄積がすすみ、ついに六鎮の乱が発生することになります。東西分裂後、孝文帝路線を継承した北斉復古主義的路線を展開した北周が争い、最終的に隋が登場することになる、その流れが読みやすくまとまっています。

また、北族と漢族の衝突と融合のなかで試行錯誤するなか、さまざまな制度や政策がおこなわれたことも触れられています。しばしばネタにされる「宇宙大将軍」侯景や「天元皇帝」のようなものもあれば、北魏で行われた時期がある皇帝の生母に死を賜る「子貴母死」、そして譲位後も実権を握り続ける「太上皇帝」など、この時代だけに限られるものから後に影響を与えるものまでいろいろありますが、この時代ならではというところでしょう。

北朝のことだけでなく、南朝のことにもページを割いています。宋・斉・梁・陳と建康(いまの南京)を都とする王朝が続きますが、伝統の創造と再構築が行われた時代、帝位継承をめぐり凄惨な粛清が繰り返される血生臭い政治の世界と、のちに「六朝文化」として知られる優美でかつ高度な文化が栄えた貴族社会、そして貴族社会の中で地位を高めようとする寒門層たち、その辺りがまとめられています。固定的な社会という印象が強い南朝貴族社会でも地位向上をめざす動きがあったことや、意外と流動的なところも見られること、しかし皇帝側近として寒門が力を強めようとする一方で、下から上昇しようというエネルギーを上手く取り込めなかったというところに南朝の限界があったようです。南朝北朝の記述と比べると分量は少ないのですが、陳についてまとまった記述というのは珍しいのではないでしょうか。

本書は遊牧民(北族)と漢族の衝突と融合がみられた北朝、漢族王朝のもと伝統の再構築・創造が行われ貴族社会が栄えた南朝、そしてモンゴル高原を支配した遊牧国家のダイナミックな連動の時代ととらえ、北朝南朝の相互交流のなかでさまざまなものが生まれ後に引き継がれていった歴史を描き出していきます。さらに、貴族社会と一括りに語られがちなこの時代においても中下層の北族や漢人豪族、寒門層といった人々の上昇を目指す動き、仏教と道教の浸透と定着、活発な女性の登場といった要素が見られることに触れています。なお、隋唐について「拓跋国家」という遊牧国家的な側面を強調する捉え方がありますが、南朝北朝の相互交流の中で制度や文化、社会が発展したものであり、この面のみを強調することに対しては批判的なスタンスをとっています。遊牧民の世界に目を向けるという点では意味がある用語ではありますが、実態を見ていくことで今まで見えていなかったものが見えるようになるでしょうか。

華北の情勢を代・北魏を軸にまとめ、南の情勢をあえて晋の時代は軽目にしてその後を詳しく書く、南北朝時代についてのコンパクトで読みやすい通史本となっています。また最近の研究成果の紹介も多くみられます。例えば、北周の宇文護の捉え方でしょうか。近年中国の歴史ドラマもいろいろなものが放映され、時々見ているのですが、独狐皇后のドラマを見ていた時、序盤から中盤の悪役的な形で宇文護が登場していました(こいつとっとと成敗されないかなあと思って見ていたのはここだけの話ですが、、)。従来彼が権力を行使した時代は腐敗や政界の対立が激しかった時代と見られていたようですが、それは後世の歴史書の影響であるということが示されています。そのほか、ソグド人の手紙が永嘉の乱関連史料に登場し、ソグド人のネットワークの広がりを感じさせる叙述も行われています。そのほか色々な事例で最近の研究を取り込んでいますが、欲を言えば隋唐の「府兵制」につながる軍制の話も読んでみたかったですが、欲張りすぎでしょうか。

とくに複雑な華北情勢を軸を定めすっきりまとめたうえで、新書サイズでコンパクトな通史として南北朝時代激動の歴史が描き出されています。文章も読みやすくこれをまずよむと南北朝時代について捉えやすくなると思います。南北朝時代をモデルにしたであろう物語はいくつかありますが、そういったものもより理解しやすくなるのではないでしょうか。