まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

姜尚中(総監修)「アジア人物史2 世界宗教圏の誕生と割拠する東アジア」集英社

アジア人物史2巻は2世紀から7世紀、それも仏教の展開に関係する南アジアの事柄(上座部仏教大乗仏教の成立や発展)と、東アジアを中心とした内容となっています。扱われる人物もナーガールジュナ、ブッダゴーサ、ムハンマドといったところをのぞくと、すべて東アジアに関連する人物が登場します。そして日本に関係する事柄も多く登場します。

時代の幅としては2世紀からですが、中国史については五胡十六国時代から隋の話が中心となっていますし、日本についても厩戸王聖徳太子)のあたりから律令国家の成立に関わるところを中心として扱うなど、場所によって時代の幅には違いが見られます。

世界三大宗教としてあつかわれる仏教、イスラム教の宗教圏拡大に関連するものとして、聖典となる書物が編纂されたと言うことが大きな意味を持ちます。そういうこともあり、大乗仏教の発展としてはナーガールジュナが章をたてられてその思想について紹介していたり、ブッダゴーサをとりあげつつパーリ語正典に関する話を展開していきます。実を言うと、このあたりについては内容がなかなか理解できず、ついていくのに一苦労と言った感じになってしまいましたが、勉強するなら読み直した方がいいのかなと思っています。

また、ムハンマドの章は彼に関わった人物としてアブー・バクル、ハディーシャ、アーイシャは比較的長めの伝がつき、そのほかにもムハンマドの親族やカリフとなった人物、文化人やイスラム関連の人物(最初の朗踊者とかもでてきます)、そして政治家や軍人まで多くの人物がまとめられています。ちょっとした人物事典の感がありますね。

メインとなるのは東アジアですが、興味深いことをいくつか挙げていきます。まず、名前は何となく聞いたことがあった前秦の苻堅や梁の昭明太子についてのまとまった伝が読めたのは良かったと思います。それと同時に彼らの伝を通じ、五胡十六国時代に求められたものの変化(中華の統一や漢帝国の理念の重視から違う方向へ向かう)や、六朝文化の展開(昭明太子意外にも様々な文人が取り上げられます)がまとめられています。

朝鮮半島では高句麗の興隆について広開土王などの時代を詳しく取り上げ、さらに百済新羅についても章を割いて取り上げています。古代の朝鮮史について、人物を軸にしながらかなり詳しく取り上げ、中国、そして倭国(日本)も絡んだ激動の東アジア情勢を描き出しています。このあたりもなかなか興味深い話題が多いです。

また、このシリーズでは女性に結構焦点を当てた内容が他の巻で見られるのですが、この巻では隋唐革命をあえて蕭皇后、義成公主といった女性に焦点を当てています。彼女たちの生涯をたどりつつ、東部ユーラシア世界の変容期として隋から唐へ転換する時代を突厥の動向なども併せて描き出すというのはなかなか面白いと思います。また彼女たち以外で活躍した女性と言うことでは隋文帝の皇后(独狐皇后)については文帝の章で短い伝があるのと、本編でも触れていたりします。

個人的に結構興味深く読んだのは隋文帝に関連する章です。まず、楊堅(隋文帝)に一章をあてて、この時代に仏教が尊ばれた背景についても論じられています。なんとなく面白みのある人物という感じでなく、武勇に優れているとか辣腕を振るったという感じでもなく(父の楊忠は武人として活躍し、「タイマンをはる(注:本文そのままです)」ことになった猛獣をしとめています)、カリスマ性のあるリーダーというわけではなかった彼が隋を建国した後、自らの権威を支えるものとして仏教を求めたということがわかる叙述となっています。また、隋文帝にとり独狐皇后(独狐伽羅と名前まで書かれています)の存在が非常に大きかったと言うこともうかがえる内容となっています。「騎虎の勢い」のもととなったのは独狐伽羅が楊堅を叱咤した時の話ですが、実際の所、文帝もいろいろな場面で彼女をかなり頼りにしていたのではないでしょうか(文帝は今際の際に皇后がいればこんなことにならなかったと後悔するコメントを発していたりします)。

そして、なんとなく、生きた時代に少しずれはありますが近い時代に東ローマ皇帝だったユスティニアヌスとテオドラ夫妻と楊堅と独狐伽羅夫妻、印象としてかぶると言いますかなんといいますか、能力もあり度胸と思い切りもある妻と、それを頼るような感じの夫という組み合わせになっているように見えてきます。

歴史上の偉人というと男性が大多数となってしまいがちですが、わずかながらでも歴史上の女性の姿がうかびあがるような内容ももりこまれています。視点の取り方によって見えてくるものはまだまだあるはずです。他の巻でもそういった取り組み、試みがなされていることを期待したいと思います。