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諫早直人・向井佑介(編)「馬・車馬・騎馬の考古学 東方ユーラシアの馬文化」臨川書店

前近代世界のユーラシアの歴史を考えるとき、馬及び騎馬遊牧民の存在が重要であると言うことはつとに指摘されてきています。騎馬遊牧民の国家が広大な領域を支配し、交易を活発化させたり、農耕民の世界との間で様々な交渉がみられたことも世界史でよく触れられています。

本書は騎馬遊牧民の活動が活発で、大帝国が生み出された東方ユーラシア世界において、馬がどのように利用されてきたのかを考古学の成果を中心に用いながら明らかにしていきます。まず、最初の内容は馬の家畜化後、車輛の利用や戦車の登場、そして騎乗技術や道具の出現とそれの拡散、モンゴル帝国において数少ない馬を犠牲獣とする祭祀があつかわれます。

さらに、本書ではかなりの部分を中国における馬文化についての記述が占めています。古代中国における戦車から騎馬への移行と、中国における馬の育成、騎馬の導入や鞍、鐙の登場と伝播についてなどが最近の発掘成果もまじえて語られています。

そして東アジアでの伝播についても、朝鮮半島や日本における馬の文化が語られています。朝鮮半島における馬の生産の他、奈良盆地の事例をもとにした論文ものっており、さらには馬文化の伝播と植生について、馬文化の伝播と環境について論じた項目も見られます。

本書はユーラシア大陸東部、主に中国の事例を中心にしつつ朝鮮半島や日本の話も展開されています。扱われている内容はかなり興味深いです。鞍や鐙といった騎乗のために必要な道具がどのような発展を遂げたのかということを考古学の成果などをもとにあきらかにしていますが、三国志の時代、呉の丁奉の墓から出てきた遺物がどうも中国では非常に古い段階の鐙らしいということなどが明らかになっているようです。このあたり今後の研究の進展に期待したいところです。さらに、チンギス=カンの祭祀のために馬が犠牲として捧げられているということについては長年モンゴルで発掘調査を行っている著者の成果の一端がうかがえます。

また、近年の考古学の世界では自然科学の研究手法も当たり前のように使われています。たとえば、馬の歯のエナメル質のストロンチウム同位体を分析することによって馬の産地を調べることや、炭素同位体をしらべて馬の食性をしらべるといった具合の研究は行われ、論文も色々と残されています。本書でもそのような調査手法が駆使されています。このような調査や研究のあり方を見ると、単純に文系とか理系と言った分け方が難しい時代に入ってきたことがうかがえます。

今回は東部ユーラシア世界における馬の利用が中心ですが、西部ユーラシアを対象とした同様の書籍が出るとさらに良いのではないかと思います。西アジア地中海世界、ヨーロッパ、そしてアフリカといった地域での馬の利用についても色々と調べて見ると面白いのではないでしょうか。