まずはこの辺は読んでみよう

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ピーター・フランコパン(須川綾子訳)「シルクロード全史 文明と欲望の十字路(上)(下)」河出書房新社

古代からユーラシア大陸の東西を結ぶオアシスの道、草原の道、海の道といった東西交渉路の歴史については様々な研究が行われています。「シルクロード」に代表される東西交渉路がユーラシア規模で形成され、それを通じて絹に代表される様々なもの、仏教やキリスト教イスラム教と行った諸宗教や文化が西へ東へと流れていったことが明らかにされてきました。また、この東西交渉路が通る地域の経済的・政治的な重要性から、この地域を巡り周辺諸国、さらには遙か遠い国々(英国やアメリカ合衆国)と行った国々まで含めた覇権抗争が繰り広げられてきました。

本書はシルクロードを舞台に展開された東西交渉の歴史とともに、人やモノ、情報が行き交う路が通る地域をめぐり様々な国の思惑が交錯する様子が描かれています。特に印象に残るのはシルクロードが通るイランやアフガニスタンの歴史に関する記述がかなり多く見られるところでしょうか。例えばササン朝ペルシアの領内における宗教事情についての話では、キリスト教の伝播は「西」より「東」の方が多くみられるといったことが主張されています。また下巻では近代イランやアフガニスタンに対するイギリスとロシアのグレートゲーム、そしてアメリカ合衆国の関与など覇権国家の動向が読めますし、それに対してのイランの反応や生じた結果(モサデグやホメイニなどの人の動き)といったことがかなり詳しく書かれているように感じました。なお、著者がビザンツ史研究からスタートした人ではありますが、ビザンツについての記述は必要最小限といったところでしょうか。

本書の特に上巻において、随所において「東」の重要性が強調されています。かつては人々を引きつけたのは東方世界であり、経済や学術など様々な分野で東方が西方よりも活動が盛んであり進んでいたことを論じていきます。日本の世界史関連の書籍では、東方の活動が様々な分野で西方よりも活発であったことに言及した書籍はそれなりの数がありますし、中央ユーラシアに着目した世界史書籍もあり、それらを見慣れた人からすると当たり前のように思えることでしょう。特に騎馬遊牧民の重要性という点に関しては本書の記述を見てもまだ物足りないと思う人がいると思います。それでも、ハザルやトルコ系遊牧民の話、そしてモンゴルといったあたりはおさえていると思います。

また、シルクロードとその周辺地域では中東の石油や南ロシア・ウクライナ穀物をもとめ、それらの物に引き寄せ得られた国々の動きや、大航海時代を経たあとの経済の重心の移動とイギリスの台頭、そして豊富な地下資源や中国の一帯一路など現代になりシルクロードとその周辺が重要性を増していく様子といったことも描かれています。縦横無尽に鉄道やパイプラインが通る現代の地図を見ると、この地域の重要性が増していることが非常によくわかります。書かれたのが数年前と言うこともあり、少々中央ユーラシアの状況について楽観的かなと思うところもありますし、イラン情勢については全く違う展開になっているところをみると、過去を学び、そこから考えて未来を見通すというのは極めて難しいことだとあらためて考えさせられました。

細かいところですが、訳語や読みについてそれでいいのかなと思うところも見受けられました。とはいえ様々なモノや人、疫病や宗教が行き交いながら交錯し、さらに新しい展開が生じる様子や、この地域をめぐる古代から現代に至るまでの覇権争いといったことが結構読みやすくまとめられていると思います。読みながら関連性の高そうな書籍にもあたり、いろいろと考えてみると面白い本だと思いますし、勉強にもなるでしょう。