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プルタルコス(森谷公俊訳)「新訳アレクサンドロス大王伝」河出書房新社

現在、日本におけるアレクサンドロス大王研究の第一人者というと森谷公俊先生の名前を挙げない人はいないでしょう。これまでに、読みやすく詳しいアレクサンドロス大王に関する著作を数多く出してきました。その著作では、史料についてどのように解釈したのか、その一端を明らかにしつつ、大王の姿を読みやすい文章で描き出してきましたが、今回は大王研究の重要史料の原典訳が出てきました。

ここ数年の成果として、森谷先生は東征ルートの研究のほか、マケドニアの遺跡報告を書いたり、ディオドロスの歴史叢書第17巻を詳しく訳し、注釈をつけて雑誌に公表してきました。今回の原典訳はディオドロスを単行本にしたのではなく、プルタルコスの大王伝を訳して詳しい注釈をつけたものでした(なお、科研費研究成果としてかなり前にプルタルコスを訳しています)。なお、本書は訳文にたいし3倍くらいの分量の注釈がついているようです。

プルタルコス英雄伝からアレクサンドロス大王伝を訳し、それに対して膨大な注釈をつけていくという本書ですが、大王伝の各章ごとにわけて訳文と注釈がつけられているというスタイルをとっています。注釈では、その文章に出てくる人物や地名、出来事の説明に対して、アッリアノスやディオドロスなどほかの大王に関する史料ではどのように書かれているのか、またそこで扱われている事柄についてどのような研究がなされてきたのか、そしてこれまでの著者によるアレクサンドロス研究の成果がふんだんに盛り込まれています。

最近、昔の作品の翻訳を「新訳」として出すことは多くなりましたが、これは単なる翻訳ものではありません。訳文は非常に読みやすく仕上がっており、それを読むだけでも面白いとは思いますが、膨大な注釈の部分も読みやすく仕上がっていると思います。プルタルコスは戦いや個々の政治的出来事について詳しく語っている史料ではなく、大王の言動や振る舞いから性格を描き出すスタイルの作品ですが、注釈にて扱われた様々な事柄を通じて、古代マケドニア王国やアレクサンドロス大王についての理解がより深まると思う一冊です。

本書の注釈にはアレクサンドロス研究についての著者の見解も色々と盛り込まれている中(色々な見解をあげつつ、エウメネス色々な見解をあげつつ、が作成を担当した「王室日誌」を真正の記録とする等)、イランにおける東征ルートの研究についても近年の著者の研究が盛り込まれています。そこで、“「アレクサンドロス東征路の研究(仮題)」2017年刊行予定”、という一文をみつけました。ここ数年の調査成果をまとめて本として出される予定があるようですが、これは楽しみです。