まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

シオドラ・ゴス(鈴木潤訳)「メアリ・ジキルと囚われのシャーロック・ホームズ」早川書房

ジキルとハイドの話やフランケンシュタインなど様々な物語に登場するマッドサイエンティストたち、その娘たちがクラブを結成し謎を解き明かす、「アテナ・クラブ」シリーズの完結編がでました。前作でシャーロック・ホームズが失踪、さらに終盤にはメアリのもとで働くメイドのアリスがさらわれるという事態が発生しますが、メアリ・ジキルと「アテナ・クラブ」の面々は彼らを何とか見つけ出そうと探索を続けます。

失踪したホームズ、誘拐されたアリスの二人をつかってよからぬ事を企むのが、ホームズもので悪役と言えば必ずでてくるモリアーティとその一味です。彼らのもくろみは、ホームズを生け贄に使い、古代エジプトの女王を蘇生させ、その力を使ってイギリスでよからぬ事を起こそうというものでした。はたして「アテナ・クラブ」の面々は失踪したアリスとホームズを助けることが出来るのか、そして大それた陰謀を阻止することが出来るのか…

第1作の「メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち」 でクラブ結成までを描き、第2作が邦訳では2巻本となった「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行(1ウィーン篇、2ブダペスト篇)」では、欧州大陸を舞台に科学の進歩を大義として良からぬ事をもくろむ者たちを成敗し、そして第3作は古代エジプトの超常の力をもつ女王の蘇生と,それに伴うイギリスの危機に立ち向かうという展開です。このシリーズが、登場人物の一人キャサリンが後から自分たちの冒険を題材にして、周りの突っ込みや茶々入れをうけつつ物語を書いていく体裁をとっていますが、その形は継続されています。ここでこうやって楽しくやりとりしていると言うことは結果的にはうまくいったのだろうなと思いながら、本編に入ると、こんな奴らと戦って勝算あるのか、大丈夫か、どうなるんだろうと気になりながら読んでいました。

本書に登場するマッドサイエンティストの娘達は、彼女たちの出典となるもとの話では存在しなかったり、いてもおまけみたいなもので言葉も特になかったりします。しかし本書ではそれぞれ個性豊かであり、よくしゃべり、よく動きまわります。同時に、ホームズやワトソンは、一昔前の物語でみかけた、捕らえられ助けを待つだけの主体性ほぼゼロなキャラクターであったり、毎回何かやって失敗して結局主人公に助けられるキャラクターとして描かれています。昔はそういうキャラクターは女性、主体的に動き回るのは男性が充てられる傾向が強かったと思いますが、そういった所をひっくり返したのは21世紀の物語らしいという気がします。

従来の物語と男女の役割や立ち位置が変わっているというと、物語の倒すべき敵についてもいえるでしょうか。あまり話すと内容に関わるのですが、モリアーティをあのような形でつかい、最後の戦いで対峙する敵が途中でがらっと変わるという展開は実は読んでいて驚きました。ホームズとモリアーティがいるので、どうせ彼らが終盤のクライマックスを持って行くのだろうと思って読む人が多いと思いますが、いい意味で裏切られるでしょう。

普通でない生まれであり、孤独であったりした彼女たちが、社会的な生き辛さや固定観念による制約などを感じつつも、仲間との連帯や一体感を深め、様々な危険に立ち向かいながら自分たちの力で居場所を作り上げていった物語は大団円を迎えました。一方で、大英帝国始めヨーロッパ諸国の暗部を感じさせる事柄や、当時の社会の問題点などがところどころちりばめられています。「アテナ・クラブ」の面々の中にもこうしたことに強い関心を持っている者もいたりしますが、彼女たちが果たしてどのように世の中と関わっていくのか、興味は尽きません。既に完結しているシリーズで,スピンオフとかは難しいとは思いますが、何となく話を色々な方向に広げられそうな気がしてきます。