まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

シオドラ・ゴス(鈴木潤他訳)「メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち」早川書房

時は世紀末のヴィクトリア朝、ロンドンにて主人公メアリ・ジキルは死んだ母親が「ハイド」という人物に毎月送金していたことを知ります。この「ハイド」、殺人容疑で追われている人物ですが、なぜ母が彼に送金していたのか。その謎を解くため、メアリは探偵シャーロック・ホームズの力を借りて探り始めます。そして調査を進めるメアリはハイドの娘ダイアナと出会いますが、同じ頃ロンドンで発生していた女性の体の一部を切り取り持ち去る連続殺人事件にも関わることに。そして、彼女を取り巻く人間関係と事件の背後に浮かび上がる「錬金術師協会」とは、、、。

諸般の事情によりダイアナと暮らすことになったメアリですが、やがて彼女のもとにはマッド・サイエンティストの娘たちが次々と集まりはじめます。ラパチーニ博士の娘で毒を帯びたベアトリーチェ、モロー博士の娘で獣じみた能力を持つキャサリンフランケンシュタインの「娘」で心優しき大巨人といった趣のジュスティーヌ、ダイアナも含めた個性豊かな娘たち、メアリとダイアナも含めた彼女たちはいずれも「錬金術師協会」の研究者たちが絡んでいる人物であり、ベアトリーチェ、キャサリン、ジュスティーヌについては明らかに父が娘を実験台にして生み出された人物たちであることがはっきりと示されています。だんだんと仲間が増えながら、謎に迫っていく過程が面白いです。

また、本書は登場人物の一人が執筆する小説という形を取り、それに仲間たちおよびメアリの家の家政婦やメイドが突っ込みを入れたり、彼女たちの当時の思いを語ったりする場面が見られるのですが、これが読んでいて楽しい部分でもあります。また、ワトスンが書いているシャーロック・ホームズものやメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』がこの世界で起きたことの“事実”を語った本であるかのように描かれているなど、色々と構造が入り組んだところもあるようです。

ヴィクトリア朝を舞台にした物語ということで、この時代における女性の生きづらさを感じさせる話題が次々と現れます。服装であったり財産相続のルールであったり、とかく女性が自立して生きるにはややこしい時代の様相が描かれています。また貧民街の様子や孤児の扱いなど、この時代の暗い部分もしっかり描かれています。そんな社会的な困難を乗り越えつつ冒険を続ける彼女たちの姿はなんとも格好良いものがあります。彼女たちは終盤で「アテナ・クラブ」を結成しますが、普通ではない生まれであり、かつ自らの力で道を切り開いていけそうな彼女たちには女神アテナの名を冠した団体はぴったりでしょう。

本書はヴィクトリア朝時代に書かれた様々な作品を下敷きにして話が構成されていますが、やはりこの時代を舞台にした話ということでは「シャーロック・ホームズ」シリーズの存在感というのは無視できないものがあるということでしょうか。今もなおいろいろな人が視点を変えて書いたり、脇役としてホームズを登場させたり、様々な創意工夫を凝らしたりしたホームズ関連作品が書かれています。本書ではホームズとワトスンがメアリの謎解きにも深く関わっていくのですが、とにかく存在感が強烈なキャラクターであるホームズが全てを持っていってしまうことのないようにしつつ、それでいて単に名前だけ出すという感じでもなく、話に深く関連させる形でうまく使っている作品だともいます。

物語の終盤、彼女たちが「アテナ・クラブ」を結成した頃、あらたなマッド・サイエンティストの娘の存在を予感させる展開が見られたり、「錬金術師協会」の真実についてはまだまだ明らかにされていなかったり、そしてメアリたちに関係する重要人物の中に消息不明になるものもいたりと、次の話が楽しみになるようなしかけが色々と施されています。原著は三部作の第一部で、すでに三部作が完結しているということなので、残りの2冊もぜひ翻訳してほしいと思う作品です。