まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

高橋ブランカ「東京まで、セルビア」未知谷

(注)著者名ですが、「高」は、本当は、はしごだかのほうです。それで入力したところ文字化けを起こしたので普通の「高」にしています。すみません。

張鼓峰事件を研究しているロシア人の歴史学者がパーティでであった、青いチャイナドレスに紺のマニキュアの美女の正体は・・・。

つぎに仕事、家庭、何事につけても完璧主義な女性、彼女が常に羨ましく思いつづけた友人の心のうちはどうなっているのか・・・。

そして、美しい赤毛の長髪をもつ友人がとつぜんターバンを巻いていた、その訳は・・・。

これら3つのことの真相を知るものは、夜空に浮かぶ月ばかり、という「月の物語」と、無神論者の画廊経営者の女性と、彼女の息子のパートナーとなった正教信仰を支えに生きる若い女性のやりとりを、若い二人の日記や手紙から明らかにしていく中編「選択」からなっています。

著者は旧ユーゴスラヴィア出身のセルビア人で、大学時代に日本語学科で日本語を学び、やがて来日して帰化したという経歴を持つ人物です。そしてみずから18歳の日本人(=帰化してから18年がたったということ)といってみたりするようにユーモアのセンスを感じさせる人ですが、本書にもそのような雰囲気は感じられます。東欧、旧ユーゴスラヴィア圏の人たちの持つ、長い歴史の中で育まれたユーモアは日本語で書かれていても十分に発揮されているのでしょう。

そして、本書は、元来ネイティヴの日本語話者ではなかった著者が日本語を学び、書き上げた小説ですが、文体がしばしば変わるところがあります。です・ます調のところがあるかと思えば、そうでもない感じのところもあり、最初は少し違和感を感じるところもありましたが、読み進めるに従い、それが独特のリズム、雰囲気を感じさせ、途中で止まることなく読み切ることができました。

「月の物語」はあとになって、真相が明らかになるような展開の話ですが、なるほどそうかと思わされたり、驚かされたりと楽しく読みました。個人的には2番目の話が驚かされました。完璧主義な女性が羨む女性があんな状況に置かれているとは気がつかず、最初に読んだ時には最後にかなり驚きました。

「選択」はかなり凝った構成で過去に遡っていく男の日記と、過去から現在に向かっていく女の手紙が組み合わされ、同じ時期の出来事が違う視点から描かれ、作品に奥行きを与えているように思いました。そして、「選択」は信仰の力が強い世界で無神論者として生きる人と、信仰を心の拠り所として生きる人が対話を重ねる様子が描かれていますが、こういうところは、独特のユーモアも含めて、おそらく日本人作家には描くことは難しいでしょう。

独特の世界観やユーモアを持つ東欧文学はこれまで色々な作品が日本語に訳されてきました。しかし日本語を学び、日本語で「東欧文学」を書いたという人は今までいなかったと思います。これから、どのような作品を書いていくのか、注目してみていきたいです。そして、興味深い本を次々に出版している出版社の未知谷さんにも期待したいと思います。