まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

シオドラ・ゴス(原島文世訳)「メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行(1ウィーン篇、2ブダペスト篇)」早川書房

ジキル博士の娘メアリと、その妹でハイドの娘ダイアナ、そのほかマッドサイエンティストの「娘たち」の活躍と「アテナ・クラブ」の結成を描いた「メアリ・ジキルとマッドサイエンティストの娘たち」、その最後の方ででてきたヴァン・ヘルシング博士の娘というのがいたと思います。ヴァン・ヘルシング博士の娘を助けにアテナ・クラブの面々がウィーンへと向かうというところか始まる話になっています。

彼女たちは自分たちを生み出したことと大いに関係がある「錬金術師協会」について探りつつ、なかなか謎に迫ることが出来ない状況が続きます。そんななかでのルシンダ・ヴァン・ヘルシングの救助をもとめる手紙がメアリの元家庭教師から送られてきました。自分たち同様マッドサイエンティストな父親の「娘」から助けを求められ、彼女たちはウィーンへと旅立ちます。

アテナ・クラブの面々は、先にウィーンに向かうメアリ・ジュスティーヌ・ダイアナ組、サーカスに合流し後を追うキャサリンベアトリーチェ組にわかれ、それぞれのパートがウィーン編では入れ替わり立ち替わり出てきます。そして彼女たちの旅の途中でも「錬金術師協会」の影がつきまといます。

ウィーンに到着したメアリたちは精神病院からルシンダを助けることに成功します。しかしルシンダ救出の時、突如襲いかかる不死者の群れが表れ、それを何とか振り切りブダペストまで行こうとしたとき、メアリたちを思わぬ人物が邪魔してきます。徐々に明らかになるヴァン・ヘルシングたちの野望はどうなるのか、そしてメアリたちはルシンダを無事助けることができるのか、、、。このような展開の物語を,登場人物のキャサリンが物語として執筆し(色々と新しい文学理論や表現を実験しようとしているところもあるようです)、その最中に周りが突っ込みを入れるという形式を取りつつ描いています。その合間に前作の宣伝が挟み込まれていたりしますし、それについても突っ込みが入っています(やり過ぎはよくない)。

前編のウィーン編、後編のブダペスト編でそれぞれメアリ達と深く関わり、助けてくれる女性が登場しますが、どちらも非常に魅力的な存在です。ウィーンでメアリ達を助けてくれるアイリーン、ルシンダ救出後のメアリ一行の窮地を救っただけでなくその後ヴァン・ヘルシング達の野望をくじく所まで協力するカーミラ、どちらも男に頼らず自立しており何時いかなる時も冷静で行動力のある,非常に頼れるキャラクターとして描かれています(個人的には、カーミラについてはなんとなく宝塚男役トップのような造形を想像しましたが)。自立した女性、男女の関わりと言うことでは本作序盤で何かと自分で決めたがるホームズやワトソンの関わりをメアリたちが結構疎ましく感じている所もみられ、このあたりは今の物語ならではの展開でしょうか。

「アテナ・クラブ」の怪物淑女たち(ダイアナは淑女という感じではないですが)はそれぞれが普通でない存在ですが、彼女たちを生み出した父親達こそ怪物といえるでしょう。ヴァン・ヘルシングは妻と娘を被検体としてある種の「超人」を作ろうとしていますし、メアリもまたジキル博士の実験のたまものであることが明かされるなど、彼らからすると人類の進歩に貢献するためだと言うでしょうが、マッドサイエンティストである父親たちの人でなし感がより強く感じられます。科学的な探究と倫理的な価値判断というのはどこかでぶつかるところがあるというのは現代社会でもしばしば見られる事例ではあります。今回、自分たちがどのような経緯で生まれたのかを色々と考える機会を得た彼女たちが今後どうなるのか,気になるところです。

物語が進むにつれ、メアリの周辺にかなり早い段階から錬金術師協会と関わりのある人物がいたことが明かされます。ジキル博士(=ハイド)の娘となると、何かしらの実験の産物であろうと言うことから、色々と探るためにとられた措置のようですが、自分と親しい人、信頼していた人が実はそうだったと知ったときの衝撃は相当大きかったことでしょう。でもそういう困難も乗り越えていけそうではあります(終盤、アテナ・クラブと錬金術師協会の関わりについての決断をみるとそう感じます)。

本書はこれで話は終わり、大団円という形になりかけたところで、実は催眠術が使えることが判明したメイドのアリスがさらわれ、アリスの出自も明らかになったところで次につながるという、第3部はどういう話になるのか非常に気になる終わり方となっています。そして、シャーロック・ホームズがでてくると言うことは当然どこかでその登場が予想されたあの人物が姿を現し、次の話でどうやら暗躍することになりそうです。次が出るのが何時になるのか分かりませんが、首を長くして待ちたいと思います。