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エドヴァルド・ルトヴェラゼ(帯谷知可訳)「アレクサンドロス大王東征を掘る」NHK出版(NHKブックス)

昨年でた、森谷公俊「アレクサンドロス大王 東征路の謎を解く」(河出書房新社)はイランにおけるアレクサンドロス東征路の一端を明らかにしようとした一冊でした。アレクサンドロス大王の東征ルートについて検討した本が他に何かあったと記憶していましたが、それがこの本です。

アレクサンドロス大王の東征ルートは現在の中東や旧ソ連中央アジア地域、パキスタンにまで達するものであり、現地での 発掘の成果は語学の問題もあり触れるのが難しいようにも思います。また、バクトリアの場合はアフガニスタンのような政治的に不安定な場所が大半を占めることなど、容易に訪れるのが難しい場所も見られます。なかなか日本の一般人の目に触れること もないように思われるからこそ、現在のウズベキスタン(昔のバクトリアやソグディアナのあったところ)の遺跡を長年調査して きた著者の手になるこの本は大いに役に立つことでしょう。

本書では、アレクサンドロスバクトリアやソグディアナでの遠征ルートを探るに当たり、いくつかのポイントを詳しく扱っていきます。バクトリアの大都市アオルノスはどこの街にあたるのか、オクソス川の渡河ポイントは現在はいくつか渡し場があるがどこを渡ったのか、ギリシア系住民が住んでいたとされるブランキダイの町は実際にあるがそれはどこか、アレクサンドロスに敵対しダレイオス3世を殺害した後王を称したベッソスの捕獲場所はどのあたりか、アレクサンドロスと戦ったバクトリア貴族たちが立てこもった砦「ソグディアナの岩」「アリマゼスの岩」「コリエネスの岩」といった砦がどの辺りにあったのかといった事です。

これらの事柄を長年の考古学調査、現地の実地検分 と地形データの集積、文献史料の記述、地名の語源などををもとにして特定していきます。著者の長年の調査の成果、そしてかつてのロシア帝国ソヴィエト連邦時代からの蓄積を駆使し、そこからアレクサンドロスの遠征ルートが復元されて いくところがこの本の中で特に注目すべき箇所でしょう。

これらの特定のポイントを明らかにするだけでなく、本書では、東征以前からこの地域は集落や都市があり繁栄していたこと、 また地域によっては東征以後集落の存在があまり見られなくなり、人がほとんど住まなくなってしまった地域があったことが明らかになるなど、 東征路を明らかにするにあたり、考古学がが果たす役割はかなり大きいものであると言うことがよくわかるとおもいます。文献史料の読み込みと実際の調査などにより、アレクサンドロスがソグディアナ、バクトリアでどのような動きを見せ、後世にどのような影響を与えたのかということを知ることができます。

アレクサンドロス大王東征路については、まだまだわかっていないところは多いようですが、これを明らかにするにはアメリカや西欧の 研究だけでなく旧ソ連圏や中央アジア方面のロシア語圏の研究も十分に摂りこむ必要があるということがよくわかる一冊です。さらに言うと、アレクサンドロスのことだけでなく、ヘレニズム時代の研究についても、この地域の考古学の成果に対してはもっと目が向けられるべきだと思います。このあたりについては、著者とも交流があった故・加藤九祚「シルクロードの古代都市」あたりを読むと良いのかもしれませんし、この著者が書いた「考古学が語るシルクロード史」も参考になると思います。