まずはこの辺は読んでみよう

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ヒストリエ」を面白く読むためのヒント本いろいろ

現在、アフタヌーンで連載中の岩明均ヒストリエ」、かなりスローなペースではありますが話自体は進んでいます。もっとも昨年秋以降、単行本作業のため休載という状態ですが。いずれにせよ11巻が出ることには間違いないので、それを待ちたいと思います(連載時には下書きっぽかったところもいろいろと補強されているでしょうし)。

それが出るまでの間のちょっとした暇つぶし企画という感じになってしまいますが、「ヒストリエ」をより楽しむ上で役に立ちそうな本を色々と掲載したいと思います。現時点でも入手が比較的容易な邦語文献を中心にしようとは思いますが、一部図書館や古本屋に行かないと無いものもあります。

なお、歴史ものの漫画や小説、映画に関して、歴史的な事柄についてどこまで語ると「ネタバレ」になるのかということが気になる人もいると思いますし、歴史的な事柄を「ネタバレ」と考える人もいるようです。そのあたりは注意して読んでください(結構色々書いていますので)。



まず、エウメネスの生涯については、プルタルコス「英雄伝4」はまず読んでおきたいところです。エウメネスについての文献史料というと、これとネポスの英雄伝は必須でしょう。そのほか、ユスティヌス「地中海世界史」なんかにもちょこちょとと出てきていたような記憶がありますが定かではありません。なお、こうした史料以外についてみてみたとき、エウメネスの生涯についてまとめた、邦語で読める、レポートや論文で参考文献としてあげて問題ないレベルの本は管見の限り見られませんでした。

ついで、エウメネスが最初に仕えたフィリポス2世ですが、これがなかなか難しいです。森谷公俊「アレクサンドロスの征服と神話」や同じ著者による「図説アレクサンドロス大王」の序盤にはフィリポス2世時代にマケドニアの話が結構出てきますし、澤田典子「アテネ 最期の輝きや同じ著者が書いた「アレクサンドロス大王」でもフィリポス2世時代の話は結構出てきています。しかし、フィリポス2世の生涯を扱った単著というと、1974年にでた原随園「アレクサンドロス大王の父」だけと言っていい状態です。そろそろフィリポス2世の生涯について書かれた単著を誰かが書くなり、洋書を邦訳するなりして出すべき時だと思います。どこか出してもいいという出版社、書いてもいいという研究者がいそうなのですが、どうでしょう。柳沼重剛「地中海世界を彩った人たち」にはフィリポス2世の章がありますが、もともとはデモステネスの章の前半部分だったりします。

フィリポス2世についての単著はありませんが、後継者戦争期のエウメネスと関わってくる人物であり、彼を自分の側に引き入れた王妃オリュンピアスについては単著が出ています。森谷公俊「アレクサンドロスとオリュンピアス」があります。原著はこれもかなり前に出た本ですが、文庫化されました。ここでエウメネスの経歴について軽くまとめたいたりしますし、エウメネスの最期についても記述があったりします。

アレクサンドロス大王については数多くの本が出ており、フィリポス2世について現在単著がないのと比べると圧倒的に多いです。上述のフィリポス2世に関する箇所で触れた本もほとんどがアレクサンドロス大王についての本です。この部分では繰り返して取り上げるませんが、それ以外にも、いくつかの本が挙げられます。

少々古くなりつつはありますが大牟田章「アレクサンドロス大王」は大王の伝記としては読んでおいて損はないですし、この著者の長年の成果の結晶とも言えるフラウィオス・アッリアノス「アレクサンドロス大王東征記」(なお、この文庫版のもととなった東海大学古典叢書版は膨大な注釈もあります)は大王について知るならまず読んでおいた方がいい史料です。そして、プルタルコスアレクサンドロス大王伝についても森谷訳注の「アレクサンドロス大王伝」があり、大王とその関連事項、人物の中が多く、非常に役に立つと思います。

アレクサンドロスの遠征に関して、そのルートを明らかにしようとした本として2冊あげてきたいものがあります。1冊目はエドヴァルド・ルトヴェラエ「アレクサンドロス大王東征を掘る」、もう1冊は森谷公俊「アレクサンドロス大王 東征路の謎を解く」です。ルトヴェラゼ本は現在のウズベキスタンアフガニスタンあたりでのアレクサンドロス大王東征路の渡河ポイントやルート、都市といったものを明らかにしようとし、森谷本はイランにおいてペルシア門の場所やペルセポリスに至るルート、その後のダレイオス追撃について明らかにしようとしています。「ヒストリエ」ではところどころにエウメネス私書録として、彼が興味を持ったいろいろな情報が書き込まれていますが、この2冊で扱われている事柄などは、あの漫画に出てくるエウメネスであれば間違いなく興味を持ち、記録に残しておきそうなことばかりです。

また、遠征ルート上にあった場所で起きた事件について扱う本もあり、森谷「王宮炎上」はペルセポリス炎上事件について、諸説を検討しながら結論を出していますが、この事件なんかは漫画の中でどのように描くのか、気になるところです。

また、マケドニアの軍事やペルシアの軍事に関しては、内容が少々古くなってきてはいるものの、読んで面白い本として、アーサー・フェリル「戦争の起源」をあげておきたいと思います。ペルシア軍のような諸兵科を備えた軍とギリシア的な密集歩兵を組み合わせたマケドニア軍というのがどのようなものか、イメージはしやすくなるでしょう。毎度おなじみ(?)森谷先生の本でも「アレクサンドロス大王」で、グラニコス河畔、イッソスガウガメラの三大会戦について詳しくまとめていたりします。

そして、アレクサンドロス大王については色々な本があるのですが、大王死後の後継者戦争について扱った邦語文献は極めて少ないです。洋書であればここ数年でも一般向けにまとめられた本が2、3冊はでていたりしますが、日本でこの戦争のことをまとめて書いた本というのはあるかというと、ヘレニズム時代についての本の序盤でかかれているくらいでしょうか。フランソワ・シャムー「ヘレニズム文明」とかウォールバンク「ヘレニズム世界」あたりで見るしかないようです。あとは「アレクサンドロスとオリュンピアス」、「アレクサンドロスの征服と神話」あたりで後継者戦争の話が出てくるのでそういう箇所も読んでおいた方がいいかと思います。そして、この時代に関して、エウメネスは関係ないのですが一冊本がでています。エリザベス・ドネリー・カーニー「アルシノエ二世」です。後継者戦争ヘレニズム世界の歴史の初期の頃に興味があったら是非読んでみてください。面白いですよ。

以上、随分長くなってしまいましたが本の紹介をしてみました。エウメネス個人を扱った本は難しいとしても、フィリポス2世の本と後継者戦争の本は出して欲しいところです。昨今の出版をめぐる情勢の厳しさを考えると難しいかもしれませんが、翻訳ものであれ日本人が書いたものであれ、一定水準を保った著作が出ることが待たれる分野です。そう言った本があると、「ヒストリエ」をもっと面白く読めるようになるんじゃないかと思います。

 

(追記:2024年2月27日)

この記事を書いてから5年がたちました。ヒストリエ自体は長期休載にはいってしまい(12巻の単行本作業+展開構想中)、話は最近全然進んでおりませんが、ヒストリエ関連でいくつか追加できる本もありますので、追加しておきます。

まず、絶対に外してはいけないものとして、澤田典子「古代マケドニア国史研究」があります。フィリッポス2世の業績やマケドニアについて色々と知りたい場合にはこれがまずお勧めです。値段が高いのと,本格的な専門書であるということで、手を出しにくいと思う人もいるかもしれませんが、是非読んで欲しい本です(図書館でも禁帯出になりやすい(高いので、、、)本ですが)。なお、本書をコンパクトにしたヴァージョンというかんじですが、ミネルヴァ書房の「はじめて読む西洋古代史」(感想はブログには書いていませんが)のマケドニアの記述も役に立つと思います

そして、澤田先生ですと、ちくまプリマ-新書から「よみがえる英雄4 アレクサンドロス大王」がでています。最近の研究動向(ローマ時代の大王伝の扱いに対しより慎重さを求める)もふまえつつ、わかりやすく大王の事柄をまとめています。これは手に取って読みやすいものです。

また、森谷先生によるディオドロス17巻の邦訳が一冊の本にまとまりました。こちらもアレクサンドロス関係の事績を知る上で読んで欲しいものです。あとは西洋古典叢書プルタルコス英雄伝5巻でアレクサンドロスが扱われています。プルタルコスについては小池登・佐藤昇・木原志乃(編著)「『英雄伝』の挑戦」で,色々とプルタルコスの叙述等の特徴を知るのも良いかと思います。

ヒストリエと絡むところでは、木曽明子「弁論の世紀」も結構フィリッポス関連のことを扱っています。デモステネスとアイスキネスの目を通したかたちですが、フィリッポス2世マケドニアのことが弁論に登場するので是非。

そのほか、洋書ではHeckel、Holt、Roismanのアレクサンドロス関係の本(いずれも2020年にブログで感想を書いている)、あとはWheatley & Dunnのデメトリオスの本なんかも役に立つかもしれません。