まずはこの辺は読んでみよう

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浦野聡(編著)「古代地中海の聖域と社会」勉誠出版

かつて、様々な神々が崇拝され、神殿が建設され、儀式や祭祀が行われ、やがてパレスチナで誕生したキリスト教がひろがっていった古代地中海世界、そこには様々な「聖域」が存在していました。本書では、古代ギリシア古典期のアテナイから、ヘレニズム時代、さらに共和政、帝政期のローマ、古代末期の地中海世界における「聖域」をテーマに、様々なことが語られていきます。

まず、序章において、聖域についてそれがどのようにして形成されてきたのか、そして古代地中海世界で聖域が発展する際の条件(競争と協調のネットワークなど)、そしてギリシア、ローマの聖域がキリスト教的な聖域へと転換するに際し、人々の精神の変化が影響し、社会的な連帯の確認から倫理的価値観の共有の確認へと重要な要素が変わったことなどが触れらています。古代地中海世界における「聖域」とはなにかということについて、勉強になる内容が色々と含まれています。その後で本編の論文が始まります。

「聖域」を切り口、入り口として、神殿や宗教施設だけでなく、公共施設から辻、家屋に至るまで、いろいろなところに神およびそれに類する存在が祀られる、「神々にあふれた世界」といえる古代地中海世界を舞台にした8本の論文は、様々な視点から論じています。古代ギリシアにおける聖域への奉納をあつかい、奉納および奉納品を通じて当時のギリシア社会を見ていく論文があり、ネットワーク理論を用いながら、ヘレニズム時代の聖域へ派遣される宗教使節について論じたものもあります。また、イタリア半島で古くから存在した神託を伺う聖域と、ローマの関係の移り変わりをまとめていたり、キリスト教の礼拝空間について論じた論文があるなど、様々な論文がふくまれています。

それぞれの論文が興味深い内容を扱っていますが、第1章の「パイドロス」の問答の分析にかなりのページ数を割きつつ、ポリスの中心と郊外の関係のゆらぎに迫った論文が内容と叙述の両面で興味深く、第5章の皇帝崇拝と地方の関係を論じたもの、そして第6章の様々な宗教が混在し、皇帝の政策に左右される状況下にあった後期ローマ帝国の聖域事情についての論文が面白かったです。論文集のため、興味のあるところを選んで読むという読み方でも楽しめると思いますので、もし気になるという人がいたら個人的にはこの辺りをお勧めしたいと思います。