まずはこの辺は読んでみよう

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Peter Thonemann「the Hellenistic Age」Oxford Univ.Press(Very Short Introductions)

アレクサンドロスの東征により広大な世界が1人の支配下に入るも、彼の死後の後継者戦争によって複数の国に分裂していきました。そして、地中海東岸からアフガニスタンのほうにまで広がる世界がギリシア人の活動する舞台となり、ギリシアの文化もよその地域に入って行き、そこの文化の構成要素の一つになっていきました。

ヘレニズム時代と呼ばれる約300年間、上記のようなことが特徴として語られていることが多いように思います。この300年間については、ギリシア史のなかでは頽廃の時代のように見られることもあります。文献史料が紀元前3世紀のかなりの部分で欠落していることで、わかりにくくなっている部分もありますし、史料が豊富になる紀元前3世紀後半以降はローマによる地中海制覇、ギリシアの征服の歴史として扱われていることも影響しているのでしょう。

地理的範囲も広く、時間も300年ほどというこの時代について、コンパクトにまとめた一冊が出ました。まず最初にHellenisticというものを時間的、空間的、文化的にどのように定義するのかを軽く見、さらにこの時代を見るうえで用いる史資料を取り上げて行きます。文献だけでなく碑文やパピルス、コイン、考古学の成果を用いることで、この複雑な時代を描き出していく試みがこの後に続いて行きます。

第2章ではアレクサンドロスからオクタウィアヌスまで、ヘレニズム時代300年間の概観がまとめられています。ヘレニズム時代のコンパクトな概説として、この時代に馴染みのない人が読んでもわかりやすい内容になっていると思います。そして、第3章ではデメトリオス1世ポリオルケテスを中心に取り上げながらヘレニズム時代の君主、王権について論じ、第4章ではアレクサンドリアで活躍したエラトステネスを主に扱いながらこの時代の学問や技術の革新や文芸についてまとめていきます。

さらに第5章では、セレウコス朝アンティゴノス朝プトレマイオス朝の王もでてくるアショーカ王の碑文を導入に使いながら、ギリシアなど諸文明の要素が見られるアイハヌム遺跡やスキタイ人と接する世界にあるオルビア、さらには多くのギリシア文献が出土したヘルクラネウムといったヘレニズム世界と他文明圏が接する場所を取り上げながら、ギリシア文明と他文明の遭遇とその影響を説明していきます。ヘレニズムというと、ギリシア文化の東漸ということがよく言われてきましたが、ギリシア人と現地の世界の関わり方にもいろいろな違いがあることは、ギリシア文化・ギリシア人の世界が広がったという視点がやや強い本書を読んでいても伝わると思います。

最後、第6章では小アジアのプリエネという町をとりあげて、ヘレニズム世界・ヘレニズム時代においてこの町がどのように位置付けられるのかを論じていきます。プリエネがヘレニズム諸王たちとどのような関係を結んでいたのか、また都市の政治や暮らしのありかたはどうだったのかがコンパクトにまとめられています。ここで興味深いのが、プリエネが寡頭制的な体制になりある特定の家系が都市を支配する状況になるにつれて、善行者として女性が顕彰される事例も現れるというところでしょうか。女性が表で活躍しているようにみえるものが、現代とは全く違うところから現れるというのが実に興味深いです。

全体を通じて、かなり読みやすく、初めて読む人でもヘレニズム時代の魅力の一端は理解できるのではないでしょうか。古典期アテネ中心のギリシア史も良いのですが、それとはまた違う面白さがヘレニズム時代にはあるとおもいます。願わくばこれを読んだ人の中でヘレニズム時代史の研究者となる人が出るとよいのですが。