まずはこの辺は読んでみよう

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芳賀京子・芳賀満「西洋美術の歴史1 古代」中央公論新社

欧米諸国の博物館や美術館に多数陳列され、日本でも2016年に上野の国立博物館の展覧会で多くの作品が展示された古代ギリシア美術。これを楽しむというと、陶器の形や、そこに書かれた絵画の様式、彫刻の様式などを対象とし、そこに表現された題材が何か、どのような表現技法が取られているかといったことに目を向ける人は多いでしょう。

しかし、そもそも、現代人は神殿や彫像がかつては極彩色で塗られていたといわれてもなかなか信じられず、やはり白亜の神殿や彫刻に美を感じていることの方が多いとも思います。さらに、古代ギリシアの絵画や彫刻、陶器、ローマの様々な美術品がそもそもどのような場におかれていたのか、それを見ていた当時の人々はどのような文脈でこれら「美術作品」を見ていたのかといったことに目が向かない人も多いのではないでしょうか。

本書は古代ギリシア、そして古代ローマの美術について、それがどのような文脈の中に置かれていたのかを説明していくことに重きをおきながら、様々な作品を取り上げていきます。なお、美術と書いていますが、本書では彫像や陶器、絵画が置かれていた神殿や住居、都市や様々な建造物についての話にもかなりページを割いて解説がなされています。

第1章から第5章では、アクロポリスに建てられた神殿、オリュンピアやデルフォイといったパンヘレニックな聖域、古代マケドニア王国やヘレニズム諸王国の王宮、古代ローマの公的建築物から、個人の邸宅や豪奢なローマ人の別荘といった場において彫像や絵画がどのような意味を持っていたのか、そして人々がどのような視点でそれらを見ていたのかをわかりやすくまとめています。個人的には、マケドニア王国の美術やヘレニズム諸王国の美術についてページをかなり割いてとりあげており、その部分が非常に楽しく読めましたし、この時代に興味がある人は是非読んで欲しいところです。

そして、ヘレニズム時代に関心がある人には特に読んで欲しいのが第6章です(実は第6章はそれまでと執筆者がかわります)。こちらでは、アレクサンドロス東征以後、ギリシア人およびギリシア文化の流入がそれ以前と比べて活発化したヘレニズム時代から、それ以後の6世紀頃までの時代をあつかい、その間に発掘されたヘレニズム文化の遺物および遺跡についてとりあげたうえで、東方世界で栄えた様々な国家の美術、そして仏教美術に対してギリシア文化がどのような影響を与えたのか、そして東方からどのような影響を受けたのかといったことをまとめていきます。イランや中央ユーラシア、インドなど、各地域でのギリシア美術の需要の様子がまとめられています。なお、パルティアについては仏教徒の関係で興味深い話題がいくつか書かれていました。

有名なガンダーラ仏だけでなく、仏教美術において古代ギリシアの神話の題材から取っている事例があったり(ガンダーラ美術にトロイの木馬の描写があります)、古代ギリシアの神々が仏教世界のなかにとりこまれていたり(ヘラクレスが執金剛神となっていることなど)したことが説明され、さらに中国の貴族の墓からはパリスの審判とヘレネへの求婚を描いた遺物が残されていたというかなり印象的な事例にも触れられています。

ギリシアやローマの文化が東方に伝播するにあたり、西方側から積極的に宗教を伝道しようとした様子はないにもかかわらず、彼らの美術など文化が東方に伝わり、様々な影響を与えたのはなぜかという点について、東方世界の方でギリシア美術をとりこんだのが、ギリシア美術のもつ迫真性とアントロポモルフィズム(神人同型)によること、そして東方側での取捨選択によるという指摘がなされているところが本書において最も興味深い事柄でした。本書の指摘が果たしてどこまで妥当なのか、さらなる追跡調査、研究をどこかで読んでみたいと思いました。

ヘレニズムについては、かつてはギリシア文化がひろくオリエント世界に伝播し、影響を与えたといわれ、近年はギリシア文化の影響は限定的という見方が主流になっています。確かに、東方の人々の思想にどの程度影響を与えたのかというとあまり無いように思えますし、東方は西方のものを単に受け入れる客体としてみることも、事例を見る限りはそうでは無いというべきだろうと思います。それと同時に、東方に移り住んだギリシア人がどの程度東方の文化を需要したのかということも、可能な限り知りたいとは思いますが、なかなか難しいでしょうか(エジプトの場合には、ギリシア系の人がエジプト風の棺を残すなど、現地の文化の要素をギリシア系住民もとりこんでいたことを示す遺物も発見されています)。

本書は、古代ギリシア、ローマの美術や歴史に関心のある人だけでなく、オリエント史研究者にも面白く読める一冊だと思います。