まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

Angelos Chaniotis 「Age of Conquests」Harvard University Press

ヘレニズム時代というと、一般的にはアレクサンドロス大王の死からクレオパトラの死まで、紀元前323年から紀元前30年までを指すということになっていますし、概説書でもアレクサンドロス東征あたりの話から始めて、おわりがクレオパトラの死で終わるという形がおおいです。

しかし、本書は「長いヘレニズム時代」を提唱し、紀元前336年から紀元後138年、アレクサンドロスマケドニア王に即位したところから、五賢帝の1人ハドリアヌス帝の治世の終わりという、かなり長い期間をヘレニズム時代として扱っていきます。構成としては、アレクサンドロスの時代から元首政期前半(2世紀前半)までの通史的内容を扱った章と、テーマ的な内容を扱う章に分かれています。

通史部分は、アレクサンドロス東征によりヘレニズム世界の地理的境界が定まり、そのなかにおける君主による支配、君主と都市の関係、都市化、現地人とその伝統の組み込みといったものが特徴づけられたことを説いた後、後継者戦争やヘレニズム諸王国やなお存在するポリス、連邦国家などの角逐、交渉が展開された歴史をまとめ、そこに紀元前3世紀後半に参加してきたローマがやがて全てを支配するようになるまでの政治史がまとめられています。その合間にはバクトリアやポントスといった国々の歴史についての説明も挟み込まれています。一般書でポントスの歴史なんてなかなか読む機会もないので、非常に興味深く読みました。

そして、テーマを扱った章はヘレニズム諸国の王権に関する内容、ヘレニズム時代のポリス、連邦国家について扱う内容がヘレニズム諸国の角逐を説く章の後に並べられ、五賢帝時代途中まで扱った後にヘレニズム時代の社会や経済、文化に関することがまとめられ、古代世界における「グローバル化」が扱われています。紀元前3世紀や紀元前2世紀に見られた現象が元首政期前半のローマ社会に見られる諸々につながっていくところがあるということで、社会や文化についての話はローマの歴史の話の後に出てくるように配置されているのはうまく工夫をしたなと思います。

テーマを扱った章では、ポリスにおける自由や民主政はもはや幻想にすぎず、富裕層による寡頭制へと移行するなどの変容を遂げたことやポリスにおいてギュムナジウムが重要な施設となっていることなどだけでなく、人の移動の活発化がより一層顕著になっていく様子が示されています。社会で見られるエヴェルジェティズムや市民の政治参加が減少する一方で有志団体の増加と果たす役割の増大が見られることが指摘されるほか、それ以前と比べ女性の存在感が増していく(富裕な女性が善行を行う事例もある)といったことも言及しています。これはなかなか興味深いです。宗教を扱った章はテーマパートの中で一番ページ数も多く、ヘレニズム世界の宗教の特徴やこの時代に見られた諸々の変化についてまとまっています。興味がある人は読むべきでしょう。

とはいえ、個人的に興味を抱いたのはヘレニズム諸国の王権に関する事柄でした。ヘレニズム諸国の王たちは軍を指揮し自らも前線に立って戦い、父祖伝来の領土を守り、失地があれば回復し、新領土を獲得する事が求められたようです。王権そのものが軍事的性格が強く、王として軍事面での務めが果たせない場合不安定な状況を生じさせやすいことが触れられています。一方、交渉する王という性格も持ち、特に王と都市の間の交渉による王による恩恵付与と都市による名誉付与というギブアンドテイクのような関係が見られたことも指摘されています。これを一変させたのがローマであったというわけです。軍事力に裏打ちされた支配というところに、なんとなく戦国大名と似たような性格を持ち合わせているなと思いながら読んでいました。

あと、本書を読んでいて、王もそうですが、色々な場面で様々な立場の人々が、その場、その時、その人にふさわしい立ち居振る舞いをする(宗教についても敬虔さをやたらと表すようになる等)という、何かを「演じている」ような話が随所に現れていましたが、ヘレニズム時代を通じてそういう傾向が強まっていると言うことでしょうか。

ヘレニズム世界ローマ帝国(元首政前半)までという「長いヘレニズム時代」の政治史をまとめ、さらにヘレニズム世界で起きていたことがその後どのように展開していったのかにも踏み込んだ、今までの一般的なヘレニズム時代史のほんとは違う一冊になっています。可能ならばどなたかが翻訳して出してくださると良いのですがどうなりますやら。とりあえず、もう一度と言わず何度か読み直してみて、感想はちょこちょこと加筆や修正を行うかもしれないと思いますが、とりあえずこれくらいにて。