まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ビアンカ・ベロヴァー(阿部賢一訳)「湖」河出書房新社

とある国の湖のほとりで生まれ育った少年ナミ。彼は親を知らず、祖父母に育てられています。ある時祖父は湖に漁に出ている時に遭難して帰らぬ人となり、祖母もまた湖の水位が日に日に下がっていく異常な状況でナミと別れることに。そんな町で悪友とつるんだり、大人のいくような店に出入りしながら彼は成長していきます。

祖母との別れの後、彼が住む家もまた町の農場長一家のものになり、かなり理不尽な扱いを受ける羽目になり、度々逢瀬を重ねた幼馴染ともある事件をきっかけに合わなくなった彼は、自分の母親を探すべく町を出て首都へ向かいます。そして首都で日々厳しい仕事に耐えながら成長した彼は母親、そして父親についてしることになるのですが、、、。

この話の舞台自体は架空の設定ですが、幼馴染との別れの場面や、その後の彼の人生の所々でロシア人が登場したり、国家主席の像や国家主席の愛人だったと称する老女の存在などから、どこかの社会主義圏の国を想定しながら話が作られたような感じもしますし、綿花栽培を国内で行なっていることがうかがえることや、アラル海のように消滅に向かっている湖があることから、なんとなく中央アジアのあたりのようなイメージもあります。そして、湖の精霊の存在が信じられていたり、汚染物質のせいか三つの手を持つ子供がいたりするところには異世界のような雰囲気も感じられます。

どこを舞台にしているのかははっきりとせず、特定すること自体にそれほどの意味はないとも思えますが、かなり過酷な世界だろうとはすぐに伝わってきます。読んでいると、かなり乾燥した環境が舞台となっているようですが、湖の描写からは泥や湿気、さらには沼地の臭気が感じられます。それ以外にも、決して清潔とは言い難い町の様子からは、ナミたちの生きる世界の厳しさも感じられます。

この過酷な世界で、母を探しながら、苦労を色々経験したナミがたくましく成長していく過程が描かれています。大変な状況にある幼なじみを置いて逃げてしまったり、喧嘩では勝った場面があまり見られなかったりと、彼自身は決して強い人物ではないようですが、この過酷な環境で少しずつ成長しており、そのあたりは各章のタイトルともリンクしているようです。ナミにかぎらず登場人物たちはこの環境でもしぶとく生きぬいているなど、湖のまわりで、過酷な環境でもたくましく生きる人々の姿が印象的でした。

自分の母を探し、そして父親についても知っていったナミが最後に対峙したものが何なのか。祖父を、祖母を、そして多くのものを飲み込んできた湖と向かい合った時、何を彼が感じ取るのか、そして彼はどうなったのか、読み手によって解釈が分かれそうな終わり方でした。回り回って故郷に戻りそこで何を見出すのか、興味は尽きません。