まずはこの辺は読んでみよう

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伊藤雅之「第一次マケドニア戦争とローマ・ヘレニズム諸国の外交」山川出版社

ローマによる地中海世界の制覇の過程をみるときハンニバル擁するカルタゴとの第2次ポエニ戦争について触れられることは多いのですが、同時期に起きていた第1次マケドニア戦争に言及する事はあまり多くないようです。

第2次ポエニ戦争は戦の天才ハンニバル率いるカルタゴ軍がアルプスを越えイタリア半島に侵攻し、カンネーの戦いなど幾多の戦いでローマ軍を打ち破りながらもローマは持ちこたえ、やがてもう一人の戦の天才たる大スキピオの登場とザマの戦いでの勝利によりローマが最終的に勝利するという具合に、かなり劇的な展開を伴います。

これに対し第1次マケドニア戦争はローマがマケドニアとの戦いに突入したが、両者の間でこれといって大きな戦いがあったわけでも無く、なんとなく和約が結ばれてとりあえず終わらせたという雰囲気すら感じられ、どうも目立った戦いも無くいつの間にかに終わっていったような印象が強いように思われます。

本書では、いささか地味であまり注目を浴びることの無い第1次マケドニア戦争の時代から第2次マケドニア戦争の開始までの時代をとりあげ、ローマとヘレニズム世界という異なる外交の伝統を持つ2つの世界が交わることで、ローマの外交技術がどのような変化を遂げていったのか、そして外交の展開を左右する要素としてどのようなものがあり、それがいかなる働きを見せていたのかを描き出していきます。

内容としては、アイトリア連邦とローマの間で結ばれた同盟条約をてがかりに、この同盟がアイトリア主導で進められたものであることと、その背景に同盟市戦争敗北後のアイトリア国内の政界事情がからむことを示していきます。対マケドニア主戦派が開戦にむけた準備のため国外での友好関係獲得を進め、さらに国内世論を開戦にむけてまとめるうえでアイトリアに都合のよい条項を含むローマとの同盟の締結が進められたことが示されています。

次に、第一次マケドニア戦争の講和条約となるフォイニケの和約締結にいたる背景やその後の国際情勢について扱う章が続き、この時点でローマとヘレニズム諸国を比べた際に、軍事力ではローマが勝るものの、外交技術で上回るヘレニズム諸国がギリシアの団結と異邦人からの防衛という大義を使いながら国際政治の舞台でローマに対し成功をおさめたことが、アイトリア国内の政界事情とも絡めながら示されます。また、それと併せて外交的敗北を喫したローマがフォイニケの和約以後、東方との関わりを強めるべきと考える指導者一派が、自分たちの望む路線にむけ国内の人々の支持と国際的な支持をいかに取り付けようとして行ったのかが論じられていきます。ヘレニズム世界の力関係の変化をローマの政治家が巧みに利用していった様子が窺える内容です。

最後の章で第2次マケドニア戦争開戦にむかうなかでローマ人が何を行なったのかを描いていきます。開戦に至るまでの過程で、国内および国外の人々にどのようにアプローチしていったのかを示す内容です。第2時ポエニ戦争直後というローマが疲弊している時期に戦争を始めるため、どのようにしてローマの指導部を開戦にむけまとめたのか、そしてそれを市民が支持するに至ったのは何があったのか、そのために見せた様々な配慮、支持取り付けの努力が示されます。またかつてはヘレニズム諸国の外交にしてやられたローマが、逆に様々な配慮を示しつつヘレニズム諸国の支持を取りつけてマケドニアを孤立させていく様子が描かれています。開戦が晩秋という通常ではあり得ない時期になったことも、ローマとヘレニズム諸国の関係の影響によることも示されます。

時期的に決して容易でない時期になんとかして戦争を始めようと画策する指導者たちがローマにいることが示されていますが、何が彼らをそこまで駆り立てるのか、興味深いところがあります。ローマにおいては軍功を挙げることが政界での存在感を増す上で大事であり、同時代であればそれこそハンニバルを打ち破った大スキピオとその一派が存在感を著しく高めているなか、その流れに埋没しないためには新たな軍功が必要だったのでしょうか。

軍事的に劣勢な側が国際世論を味方につけ勝者として振る舞うようになるという事例も第2次中東戦争のような形で現れることはあります。また、国内で政治的主導権を握るため、外交的な成果をあげようとするという事例も歴史上しばしばみられますし、現代においてもそれらしき事例はあるでしょう。時期的には紀元前3世紀後半の20年弱の期間ではありますがそこで展開された国際政治と国内政治のリンクのつよさや、古代の国際政治のダイナミズムのようなものはなかなか興味深いものがあります。本書は本格的な学術書ですが、軍事や政治に興味がある人であれば、時代を問わず結構面白く読めるのではないでしょうか。