まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ビュルガー(酒寄進一訳)「ほら吹き男爵の冒険」光文社(古典新訳文庫)

ミュンヒハウゼンというと、今では人の気を引くために怪我や病気を捏造するようになる病気の名前でよく出てきます(ミュンヒハウゼン症候群、代理ミュンヒハウゼン症候群)。少々おどろおどろしい演出のテレビ番組などでこの病気の人が他人を傷つけていたという話は時々目にしましたが、この病気の由来となったミュンヒハウゼン自身がそのような人物だったというわけではありません。

ミュンヒハウゼンは実在のプロイセン貴族で、ロシアで軍人として働いたのち、領地で狩りをして長閑に暮らした人物でした。身近なものたちを集めて狩や戦争の話をして皆を楽しませていたようですが、彼が語ったという体裁で奇妙奇天烈、荒唐無稽な物語の数々が残されるようになりました。現在に至るまで、数多くの「ミュンヒハウゼンもの」が残されていて(中にはナチ党の党員になった後、スターリニズムに心惹かれるようになるというプロパガンダものもあります)、多くの人に楽しまれています。

本書は英語で書かれたミュンヒハウゼン男爵の話をビュルガーがドイツ語訳したという体裁ですが、彼は「翻訳」というよりも翻案をおこない、さらに話も色々と追加して、ボリュームを増して作り上げました(ただし死ぬ直前まで自分が書いたということは言わなかったとか)。狩が好きだったという男爵に因んでか、狩猟にまつわる話も多いのですが、風刺を交えつつ色々なところで経験した不思議な物語の数々が掲載されています。

さらに本書ではのちの時代に加えられたドレの版画による挿絵が数多く掲載され、これをみているだけでも話の大まかな流れが掴めたりします。まるで着ぐるみを脱いで中の人が出てくるかの様な雰囲気で、仮の獲物が皮だけ残して飛び出していく話があれば、銃で長い棒を打ち出し、それで複数の鳥を串刺しにして仕留めてしまったり、真っ二つに割れた馬が元気だったりと、なんでもありなのかと思う様な場面がこれでもかと続けられています。

また、彼が韋駄天、力持ち、地獄耳、風吹男といった異能の仲間を連れて旅をする話もあれば、戦地での戦い(大砲の中に入って打ち出してもらって遠くまで早く移動したりしています)、海の中や地底、さらには月に行く話もありと、奇想天外な武勇伝が次々と語られます。よくもまあこんなにいろいろな話を思いつくものだなと感心してしまいました。

とにかく奇妙奇天烈摩訶不思議な話が続く本なのですが、ドレの版画からしてそうなのですが、漫画的な表現が使えそうな場面が次々と出てくる話でした。この荒唐無稽さは、『ONE PIECE』の尾田栄一郎先生あたりにでも漫画で書いてもらうと、結構ぴったりはまるのではないでしょうか。肩肘貼らずに気楽に読んで楽しめる、そんな一冊だろうと思います。