まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ジョン・ケリー(野中邦子訳)「黒死病 ペストの中世史」中央公論新社

中世ヨーロッパをおそった「黒死病」について、それが内陸アジアで始まり、一方は中国へ、もう一方は草原地帯を西へ進み、クリミア半島のカッファからジェ ノヴァのガレー船を通じて広まり、シチリア島、イタリア、そして仏や英、中欧にひろがりました。本書は同時代人の回想録や書簡、記録をもとに、人口の三分 の一(場所によっては半分以上)が死んだ「黒死病」の脅威について書いていきます。ペトラルカとかボッカチオと言った有名人から、一般人に至るまで色々な 人の記録が引用されていますが、この病気のすさまじさ、恐ろしさを感じさせる作りになっています。

疫病流行という非常事態において、我先に逃げ出す人もいれば、そこにとどまって己の義務を果たすべく頑張る人もいる、そんな様子が描かれていきます。もっ とも、遺物の関係でそうなのかもしれないけれど、伊仏と比べて英がこのような状況下でも秩序だっていて、文明を保っていたように書いていますが、それにつ いては「ちょっとイギリスびいき何じゃないの?」と思うところもあります。

また、こういう状況になるとユダヤ人が悪者にされ、虐殺が起きたと言う話や(それ以前に既に反ユダヤ感情が存在していましたし、金貸しとか鉤鼻といったス テレオタイプが出来たのは中世らしい)、黒死病による社会の転換(労働賃金高騰、貴族階級への打撃、技術革新、医学の発展、公衆衛生の誕生など)について も触れられています。黒死病の流行について、分かりやすくまとめられた1冊だと思います。

昨今、新型インフルエンザの流行によって、どれだけの被害が出るのかとか、そう言う話題が取り上げられています。人類の歴史を見ていくと、病気との闘いは しばしば登場する出来事ですが、いまから650年異常ほど前にユーラシア大陸一帯でペストが流行したのも、モンゴル帝国の支配下でユーラシアが一体化した ことと関係しています。そして、現代はその頃以上に人・モノ・情報の移動は大規模かつ迅速化しており、そのようなところで疫病がはやったとき、人々はどの ように行動するのでしょうか。ユダヤ人虐殺のような事態が起こらないことを願うのみです。