まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ゾフィア・ナウコフスカ(加藤有子訳)「メダリオン」松籟社

第2次世界大戦は1939年にドイツがポーランドに侵攻した時から始まりました。そしてポーランドは瞬く間にドイツに制圧され、国土はドイツと(不可侵条 約に付随した秘密議定書に従い)ソ連により分割占領されてしまいました。そしてドイツ軍占領下のポーランドでは、アウシュヴィッツやトレブリンカといった ユダヤ人の強制収容所がつくられ、またユダヤ人でないポーランドの人々もまた強制労働や虐殺により多くの犠牲を出しました。また、ドイツに対する抵抗運動 に参加するものも現れました。

この本は、第二次世界大戦終結直後、ポーランドナチス犯罪調査委員会に参加した著者が、対戦中にポーランドの人々が経験した事柄について聞き取りを行っ た経験をもとに1945年の春から夏にかけて書かれた短編集です。戦争が終わってから間もない時期に書かれた本書は、ホロコーストを題材とした文学では世 界でも最初期のものだと語る人もいます。

本書の短編は最後の1篇では著者の存在が結構前面に出てきますが、基本的に聞き取りをベースにしており、聞き手である著者はあまり表に現れず、語り手の一 人称での語りを中心に話が構成されていきます。ただし、語り手の語りがそのまま書かれているのか、聞き手がそれをまとめているのか、混然一体となっている ようなところもあります。

扱われている話は、人間の脂肪から石鹸を作る実験をしていた教授についての話から始まり、対独抵抗組織に参加して捕らえられ過酷な体験をした人々、ワル シャワのゲットーに隣り合って暮らし、そこで起きていることをある程度知っていた人、列車から脱走しようとした女性が死を迎える場を語る男性、強制収容所 に入れられたユダヤ人、ユダヤ人選別の場を語るカトリックへの改宗者、ヘウノムから逃亡したユダヤ人らにより語られた、戦中に彼らが見たこと、体験したこ とにもとづいています。

本書はページ数は非常に少ないのですが、対戦中のポーランドで生きた人々が非常に過酷な体験していたことがよく伝わってきます。強制収容所にて苦しんだ女 性が、ソ連軍が来て解放した時に喜び叫ぶほどの力も残っていなかったと回想し、またあるものは加害者であるドイツ人ですら恐怖を覚える環境に押し込められ た人々の惨状を語ります。さらに妻と子供達の屍体を目にし死を望むものに対し、「人間は強い、まだ良く働けるだろう」といって散々に殴りつける者、遊び半 分に人々を撃ち殺し、殴りつけ、寒いところに押し込めるなどあらゆる苦しみを与え続ける者たち。こうした戦時下での非人道的な振る舞いについても、証言者 たちによってはなかなか全てを語れないようですが、それでもなんとか語ろうとしている様子が伺えます。そしてなにより、人間が人間にこの運命を用意したと いう言葉が心に刺さります。

一方、それだけではなく、ただただ傍観者としてみているしかなかった人々が、どのような立場でその出来事に関わっていたのかが曖昧なまま進む話もありま す。ワルシャワ・ゲットーの蜂起に際し、そこで起きていたことをなんとなく走っていても直接みていない、見ていない様子が伝わってくる「墓場の女」や、列 車から逃げ損なった女性が死に至るまでの様子を、周りで何もできずても出せないで見ている人々の様子が描かれているが、それを語っている男性も何をしてい たのかはっきりしない「線路脇で」、そしてあまり表に出てくることのない聞き手の苛立ちのような感情が少しばかり感じられる「草地へ」がそれにあたるとお もいます。しかし、これも戦争が終わってまもない時期に、あえてその辺りをぼんやりとさせていないと、語り手たちも語れないくらい凄惨な経験だったからで しょう。

戦後まもない時期に、人類の歴史でも有数の凄惨な行為が行われたことを、証言によりそれを浮かび上がらせようとしている本書で書かれていることは決してあ る特殊な事例ではないとおもいます。一番最初の屍体を集めそこから石鹸を作る実験をしていたシュパンナー教授に関する話に登場する2人の語りからは、命令 があれば・国益のためといった、何かしらの悪事を働く際の常套句が並んでいるところからは、人間全般がそうなりうるということを感じさせるような感じで す。