まずはこの辺は読んでみよう

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山中由里子「アレクサンドロス変相」名古屋大学出版会

アレクサンドロス大王というと、西洋古代史および西洋史軍事史で主に扱われる人物ですが、実際の所彼について語られた史料はほとんどが後世のものであり、その「実像」に迫る事はきわめて難しい人物です。

その一方で様々な形で彼にかんする伝承が伝わり、中世ヨーロッパでは「アレクサンドロス・ロマンス」とよばれる伝奇が残されていきますが、そのような現象 はヨーロッパに限られたことではありませんでした。7世紀にイスラーム西アジアから地中海一帯を席巻する過程でギリシア・ローマやイランに伝わる様々な 伝承が取り込まれ、イスラーム世界においても独自のアレクサンドロス像が形成され、時代によって変化していきました。

本書では、モンゴル時代以前のイスラーム世界を対象として、アレクサンドロスにかんするイスラーム以前の伝承(ギリシア・ローマ、イラン)から話を始め、 イスラーム世界におけるアレクサンドロス像について、「二本角」の伝承に見られる預言者・信仰の伝道者としてのアレクサンドロス、賢人との対話を通じ知を 伝授され、知の発信もおこなった哲人王としてのアレクサンドロス、歴史書に書かれたアレクサンドロス、それぞれについて詳しく検討しながら、最後にアレク サンドロスはイスラム世界では「超越」と「限界」を同時に体現した人物として表されてきたことを示していきます。

アレクサンドロスについてはアッリアノスやディオドロス、クルティウスなどの歴史書がありますが、モンゴル時代以前のイスラム世界ではこれらの歴史書は参 照されることなく、伝カリステネスの「アレクサンドロス物語」やシリア語のアレクサンドロス伝承、イランに伝わる伝承などが典拠となってアレクサンドロス 像が構築されていったということが示されています。そして、「歴史的」なアレクサンドロス像もそこから逃れられず、イスラム世界の歴史書においてアレクサ ンドロスについて描く場合も、我々の目から見るとかなり荒唐無稽な描かれ方になっているのですが、イスラム世界の人にとってはそれが「史実」のアレクサン ドロスだったということでしょうか。

 

(追記:2024年2月7日)

今となってから色々と考えると、「受容史」的な観点からとらえて、アレクサンドロス大王という人物がイスラム圏ではどのように受容されていたのかと言う観点で感想をもっと書いた方が良かったかと思います。イランからするとペルシア帝国との関わりでなかなか微妙な人物でもあるアレクサンドロスですが(征服者・破壊者でもあるわけで)、いろいろな姿をとって現れるアレクサンドロスというのがなかなか興味深い内容でした。