まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

三浦徹(編)「750年 普遍世界の鼎立」山川出版社(歴史の転換期)

山川出版社の世界史シリーズ「歴史の転換期」も残る巻がだいぶ少なくなってきました。今回は750年を扱います。ちょうど時代としては中国では唐が玄宗皇帝の治世も後半に差し掛かり、爛熟期といった感があるところであるいっぽうで、イスラム世界に目を向けると「アッバース朝革命」によりあたらしい国家がじゅりつされ、さらに発展していこうとしている様子が見られます。

そしてヨーロッパに目を向けるとビザンツ帝国が領土は減れどもいまだ東地中海世界で健在であり、やがて「世界帝国」としての意識を持ちつつ独自のビザンツ世界を作り上げていき、西ヨーロッパではフランク王国カロリング朝の成立とローマ教会との接近、そして「キリスト教帝国」としてのフランク王国へと向かっていくという具合に、古代までの帝国とは異なる様相が見られるようになっていきます。

本書では、総論で内部での王朝分立や個別の国家の形成といったものはみられるものの、イスラム教の中東、キリスト教のヨーロッパ、儒教・仏教の中華という3つの「普遍世界」が並び立つようになる時代について取り上げています。総論では、本書の第4章(唐の長安)を書いた妹尾先生が提示する「農牧複合国家」という捉え方が紹介され、農業地域と遊牧地域を支配する国家が形成され、様々な要素を取り込みそれまで以上に複雑な人間関係が生まれる中であたらしい政治や社会の仕組みが作られていくこと、農牧複合国家の都城世界宗教圏の都となり多様な要素を含み、世界の普遍性を象徴する都となっていることが指摘されます。総論でちょっと変わっている内容としては、イスラムアッバース朝と同時代の日本の比較をつうじ、8世紀という時代に各地域が同じような方向性を志向していたという指摘でしょうか。内容の妥当性はさておき、なかなか興味深いものがあります。

各章にはいると、最初はアッバース朝、つぎにフランク王国、さらにビザンツ帝国ときて最後に唐がとりあげられています。「アッバース朝革命」とアッバース朝時代の社会の様子、そして様々な人々が共存する多様性を前提としたうえでどのようにイスラム世界の一体性を担保したのかといったことを扱う第1章では、キリスト教徒がクルアーンの内容を自らの正当化を図るために利用したように、イスラム側の議論の根拠を把握しながら自らの議論を組み上げ、自分たちの利益を確保しようとしたということがなかなか興味深いものがあります。

また、唐の長安を扱った章では、農牧複合国家であり様々な人を含む唐の制度や文化のもつ普遍性、唐を含む各国での都城建設とそれを中心に張り巡らされた交通網の存在といった事柄がなかなか興味深いことでした。そして唐の長安の街並みの様子がかなり復元可能であり、そこに描かれた長安の姿はかなり活気に満ちたものだったのではないかと思わされますが、このあたりしばしば世界史でもみられる長安開封の比較考察とも絡めて見て行きたいところです(政治都市の長安商業都市開封、管理統制の行き届く長安と区画なども崩れ自然に拡大形成されたところもある開封、といった具合の比較を目にする事があります)。

ビザンツ帝国を扱った章は、750年という年代に拘った内容ではなく、コンスタンティノス7世が残した『帝国の統治について』を主に扱い周辺諸勢力とビザンツ皇帝の間で形作られた犠牲的な家族関係で表される国際秩序、世界観を描き出していきます。領土が大幅に縮小し、北方の遊牧民イスラム勢力に対峙しながらそれでもなお「世界帝国」としてのローマ帝国、「世界の支配者・救世主」としてのローマ皇帝という意識を保ち続けた様子が描かれていきます。時代的にはマケドニア朝に入りビザンツが強勢を誇るようになっていく時期の入り口くらいをあつかっている内容ですが、中国の世界観と比較して考えて見たい内容でした(実際にそういうことをしている人はいたような記憶がありますが、はたしてどうだったか)。そのほか、カロリング朝フランク王国の成立からカールの戴冠など、西方ヨーロッパ世界を扱った章でもビザンツとの関係について触れている内容がありますが、東のビザンツの存在は西のほうにも影響を与えていたことが様々な形で現れてきます。

全体を通して触れられていることとしては、普遍世界としてまとめて扱われるものの中身が極めて多様性に富んでいること、そして内部で複数の国家に分かれていたとしても通じるものが存在するなど、多様性に富んだ世界をまとめるために統一性を担保するものとして法や宗教などがみられるといったところでしょうか。個人的には所々刺激的、興味深い内容があり、かなり短時間で一気に読み進めてしまいました。

各分野の専門家から見ると、これまでの成果のまとめのような内容で特に目新しくないところもあるのだろうとは思うのですが、今までに分かり得たことをコンパクトにまとめて一般の読書好き、歴史好きにむけて問うということは決して軽んじてはいけないことであり、続けるべきことだとおもうので、是非ともこれ以外にも世界史のシリーズものを出して欲しいものです。