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南川高志(編著)「378年 失われた古代帝国の秩序」山川出版社(歴史の転換期)

378年、この年のローマ帝国はアドリアノープルの戦いでゴート人に大敗、皇帝は戦死という惨憺たる有様でした。そしてこれ以降、帝国は統治能力を失っていき、東西に分裂したあと帝国西部はゲルマン人国家の分立と西ローマ帝国の滅亡という事態に至ります。

それとは別に、これと近い年にヒ水の戦い(さんずいに肥。文字化けのためカタカナ表記にしました)で華北を統一し、中国統一に向けて動いた前秦が大敗を喫し、これをきっかけに前秦弱体化と華北の分裂といった出来事も見られました。

本書では、古代の帝国が民族移動の激動の時代に統治能力を失い、古代帝国的秩序が崩れて行く中でどのような秩序が生まれ始めたのかを描いています。内容としては、だんだんと硬直化した古代末期ローマの帝国的秩序の崩壊を描く1章と、帝国西部でローマ帝国の秩序が崩れゆく中、新たに成長してきたメロヴィング朝フランク王国が登場するまでを描く2章、そして帝国東部でコンスタンティノープルが首都へと発展し、首都に全てを集中させるビザンツ帝国的秩序の萌芽がみられることを描く3章までが西洋史の分野です。

そして4章では周辺民族が流入し、幾つもの国家が出現した華北を舞台に、漢帝国的な統一を目指した前秦が崩壊し、多様な面を持ち合わせる統合的なまとまりを作った北魏や隋が登場して来るまでを描き、5章では華北からの移民が江南を発展させたことや、江南の南朝と外部世界のつながりの広さ(梁武帝の捨身の話を遡るとアショーカ王関連の話に行き着くことなど)を感じさせる内容が扱われています。

いくつか興味深かった内容をあげると、帝国西部で神判や宣誓といったものが登場するとき、これがローマ的な文明からゲルマン的野蛮への移行ではなく、文明の傘に覆われ目立たなかったものが顕在化した(そもそもローマ帝国でも宣誓のやり方を採用している時もあり、神判による決着を正統派信仰側がアリウス派にもちかけていたりもします)というところでしょうか。

また、北魏と仏教の関わりについてユーラシア世界という視野でみたときに仏教を保護することが極めて重要な意味を持つことや、太武帝時代の仏教弾圧に関する話が世間で伝わる話とは随分と異なる(そもそも寇謙之ブッダを西の得度者としてとらえ仏教を支持していたとか。また仏教弾圧は外来宗教に対する漢人官僚の反発によるところが大きいとか)など、興味深い話題が多く見られました。

古代に作られた帝国的秩序が崩れ、それに代わる新しい秩序の原型が作られ始めた時代として、ユーラシアの東西で民族移動がみられた4世紀という時代が重要であり、その節目として表題の年が選ばれているというのも納得がいく内容です。ローマ3、中国2ということで、1巻よりバランスは取れているようにも思えました。興味深い内容が多く面白い一冊だと思います。