まずはこの辺は読んでみよう

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張愛玲(藤井省三訳)「傾城の恋/封鎖」光文社(古典新訳文庫)

上海の落ちぶれた名家の出戻り令嬢と、海外で財を築き上げた華僑のプレイボーイの恋の駆け引きと、その顛末を描いた表題作「傾城の恋」、上海の路面電車の車中で突如繰り広げられた泡沫の夢のような男女の恋愛を描いた「封鎖」の2作品と、太平洋戦争勃発直後の香港で著者が経験した出来事を描いた「戦場の香港」、父母の離婚、継母とうまくいかなかった子供の頃を描いた「囁き」の4作品と、序章での上海の特異性を描いた「さすがは上海人」からなる一冊です。

表題作「傾城の恋」では、決して学があるわけではなく、さりとて手に職もない主人公が丁々発止のやりとりを繰り広げながら裕福な男性の妻の座を勝ち取り、離婚して出戻り実家でも居場所がないという状況から脱出しようとする様子と、それに対して彼女を妻にすることなく自分の思うようにしようという男性の姿が描かれています。結婚を女性が自立して自分の人生をよくする手段して描くところに違和感を覚える人もいるかもしれませんが、急転直下、幸せな結末ではなさそうな雰囲気を漂わせつつ彼女の恋が成就するまでを巧みに描いた作品だと思います。

一方、「封鎖」では学問を修めた女性が主要人物に据えられています。日本軍占領下の上海で封鎖が行われ都市機能が停止状態になった時期があり、その時の路面電車を舞台に男女が行きずりの恋におちるという展開です。この恋のはじまりがかなり突拍子もないもので、親戚に娘との結婚を迫られることを嫌がった男性がそれを逃れるために突然ナンパを敢行するというものでした。現代の日本でこれと同じことをやると、ほぼ間違いなく痴漢として警察に突き出されることが確実ではないでしょうか。そこから突如として恋が芽生え、様々なことを語り合い、あわや結婚かというところまで話が進むのですが、これまた急に現実に引きも出され、それまでのことが何もなかったかのような場面が展開されていきます。読み終えた時になんとも不思議な気分になる作品でした。

二つの作品を読み、どちらの話でも、恋愛や結婚がかなり重要な出来事として取り上げられていると感じました。「傾城の恋」では自由恋愛に基づく結婚が中国女性の自立手段として選びとられ、「封鎖」では恋が芽生え、話が急に進み結婚にまで踏み込んだ時、経済的な事情が急に意識され、それを乗り越えることができずに恋が一瞬にして終わっていく様が描かれる、という具合でしょうか。この辺り、現代の日本人からすると、それはないだろうと思う人、結婚が自立手段になるというところに違和感を感じる人もいると思いますが、そういう時代もあったということは忘れてはいけないでしょう。