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しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ヨーゼフ・ロート(池内紀訳)「聖なる酔っ払いの伝説他四編」岩波書店(岩波文庫)

むかし、ルトガー・ハウザー主演の映画で「聖なる酔っぱらいの伝説」という作品がありました。パリのホームレスがふとしたきっかけでお金を手にし、それか ら不思議な事が色々と続くという感じの話だったと記憶しています。それを含めた5つの作品の邦訳が岩波文庫に今回収録されました。

表題作の「聖なる酔っ払いの伝説」のほかには、ハプスブルク君主国時代への郷愁を感じさせる「皇帝の胸像」、恋を巡る話をかなりドライなタッチで描く 「ファルメライアー駅長」「四月、ある愛の物語」、そしてナチス台頭前夜のドイツの状況を描いた「蜘蛛の巣」が収録されています。

読んだ作品の中で、実に不思議な感じのする表題作以外について書くことにしますが、いろいろととっつきやすいものは「皇帝の胸像」ではないかとおもいます し、個人的にはこれが一番気になった作品でした。第一次大戦の後、自分の村がハプスブルク君主国(オーストリアハンガリー二重帝国)の領土からポーラン ド領になるなど、世の中が大きく変わりゆく中での出来事を書いていますが、国民国家に対する違和感を強く表しているのは彼の出自に拠るところもあるので しょう。

ハプスブルク君主国というとかつては「諸民族の牢獄」とよばれたこともあったり、支配下のスラヴ系諸族の民族運動を抑圧していたことなど、どちらかという とネガティブな印象を与える描かれ方をしてきています(世界史教科書などではまだその傾向は強いような気がします)。しかし、いっぽうで「自分達」と「よ そ者」の間にはっきりとした線を引くタイプの国家では生きづらい人々にとっては(ロート自身もそういう立場だったと思う)、面倒ごとはあれどもそれなりに 生きていける世界だったような感じもします。

ただし、彼はそれなりにけじめはつけていたんじゃないかとも思えるところもあります。「古い時代が死んだのであれば、死者に対するのと同じ処置をすべきで はあるまいか、すなわち死者を葬ろう」という一文が終盤に登場します。これなんかは懐古主義者に書ける台詞ではないような気がしますがどうでしょうか。