まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

岩崎周一「ハプスブルク帝国」講談社(現代新書)

*注:本当は崎の字は「たつさき」の方ですが、文字化けしてしまうため普通の崎の字にしています。すみません

広大な領土に多くの民族をかかえ、様々な文化が存在する国家は歴史上いくつか存在します。そのような国の一つとして、ヨーロッパ中央部を中心にして、一時はヨーロッパの大部分を支配下に置いたハプスブルク家の支配領域である、ハプスブルク君主国も挙げられます。この国については、他のヨーロッパ諸国とは違う、ある種独特な要素を持つ特殊な国のような印象を受けるかもしれません。また、かつては「諸民族の牢獄」として、数多くの民族集団を抑圧してきたり、近代においては自由主義などの思潮と対立する保守反動の代表のような存在として扱われてきたこともあります。

一民族・一国家の近代国民国家を理想とした時代には否定的に捉えられてきたこの国について、多様な民族や文化、国家をまとめる超域的な政治的枠組みを考える時に肯定的な評価が与えられるようになると、様々な民族が領域に暮らし、多様な文化が存在したということで、多民族・多文化の共存に努めた国家として評価する傾向も現れています。

しかし、ハプスブルク君主国が現在このようなイメージをもたれていることと、実際にハプスブルク君主国のが多民族・多文化の共存につとめてきたのかはきちんと検討しなくてはいけないことでしょう(これに限らず、ハプスブルク家および君主国に関しては様々なイメージが作られているようです)。そして、そもそもこの国はヨーロッパにおいてそんなに「特殊」な国だったのかどうかも、この国で起きたこと、行われたことを実際に見た上で、ほかの国の事例とも照らし合わせて考える必要はあるでしょう。

本書は上記のような事柄について、ハプスブルク君主国の通史を描きながら、検討していきます。まずこの国がそんなに特殊な国だったわけでなく、他のヨーロッパ諸国でもハプスブルク君主国で見られたような事象は現れているということが示されています。例えば、国のあり方ということでは、一人で数多くの国々の君主を兼任し、広大な領土を支配していましたが、前近代ヨーロッパではそのような同君連合的な複合国家は特殊なことではありませんでした。また君主が貴族や聖職者、都市といった等族との合意形成のもとで支配を安定させ、政治を行っていた、反対にそれがないと支配ができないということも君主国だけでなくほかの国でもあること、などが言えるでしょう。そのほか、工業化や都市化、大衆政治、婚姻政策と継承問題、反ユダヤ主義ナショナリズム、そして帝国主義といったことらがについても同様であり、この国がヨーロッパの他の国と同じような「普通の」国家であったことを示していきます。

また、本書では通説として語られていることとは異なる視点も随所に盛り込まれています。例えば「神聖ローマ帝国の死亡通知書」と呼ばれることもあるウェストファリア条約以後の帝国について、必ずしもそうではなく、皇帝絶対主義が否定されたが皇帝を盟主とする諸邦の連合体という今までの姿が確認され、連邦的な法と平和の共同体として機能し続け、三十年戦争以降も長い間帝国諸侯と協調したということを主張していきます。

その他、ハプスブルク家が初めて出した皇帝ルドルフ1世について、選出されたのは彼が弱小だったからではなくフランスやチェコといった大国への対抗上それなりに強力な家だったためということや、皇帝となってからも自家の勢力拡大にのみ関心があったというわけでなくシュタウフェン朝の後継者として、普遍的皇帝理念を信奉して行動したということを主張しています。その他、フリードリヒ3世やウィーン体制に対する評価などについても、新しい見解が盛り込まれています。スイスの独立についても、「永久同盟」は圧政をしくハプスブルク家との不和が原因で結成されたように言われています(スイスの独立闘争を題材にした漫画『狼の口』などはハプスブルクの圧政とそれに抵抗するスイスの盟約者という構図です)。しかし、そもそも永久同盟とハプスブルク家の関係はのちに悪化するとはいえ、同盟結成の原因がハプスブルク家との不和なのか、そもそも不和自体があったのかがよくわからないともいわれているようです。

上述のスイスの事例は、スイス建国の「脱神話化」とでもいえば良いのでしょうが、ハプスブルク君主国や一族の歴史は様々なイメージや神話に彩られています。自分たちは特別な家である、神の恩寵を受け、キリスト教世界を守護するために君臨しているという意識や、近代になり発展させられた「公定ナショナリズム」、君主国各地のナショナリズム、エリーザベトなど個々の人物に対して付与されたイメージに加え、帝国が滅亡した後に喧伝された多民族・多文化の共存や懐古趣味的なロマンなどもあります。本書はこうしたものを一つ一つ探りながら、君主国の姿を描き出そうとしている概説書だと思います。イメージの裏に何があるのか、そこをみていかないと理解が難しい事例は色々ありますが、数年前に朝日選書からでたオットー・ハプスブルクについての本は本書第9章の内容を踏まえて読まないと色々と誤解しそうだということは良くわかりました。

本書の前近代の君主国の歴史を述べた部分で、君主と諸身分の合意形成により政治が行われることが度々強調されていますし、随所に君主国の複合国家・複合的国制についての言及がみられます。このあたりは、現代の政治や国家のあり方と照らし合わせ、考えながら読んでいると、面白く読めるのではないでしょうか。君主国の複合国家・複合的国制のなかで多民族や多文化が存在していたことについては、単なる多様なものの共存というイメージだけでなく、そこの奥に何があったのかを掘り下げ、そこから現代の政治についてのヒントを得ることは可能なように思えます。

ハプスブルク家の興りから、ハプスブルク家君主国の発展とヨーロッパの歴史における位置づけ、帝国滅亡以後のハプスブルク家の人々および、ハプスブルク家にまつわる物事の捉え方の変化、ハプスブルク家および君主国についての歴史研究の変化を1冊にまとめています。政治や社会だけならず、君主国のなかで生まれ、今も人々を魅了してやまない豊かな文化についてもまとめられています。ハプスブルク君主国1000年の歴史をとりあえず知りたいという人はこれを読むと良いのではないでしょうか。