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藤井真生「中世チェコ国家の誕生 君主・貴族・共同体」昭和堂

古代や中世に形成された国家的枠組みが、その後近代に民族運動を展開する際に国家としての範囲と見なされていくところがあるようです。近代国民国家を作る 際に、どこまで歴史を遡るのかというと地域により差がありますが、東欧の場合ですと中世の国家が参照にされているような所があります。

本書では中世チェコにおける貴族家門の形成過程と相互の姻戚関係、成長してきた貴族家門に対し君主が協会や都市を使いこれを抑えようとしたという通説の検 討、そして裁判集会への参加を通じて貴族が力を強める過程や、君主と国家の分離が進む(正統な君主は聖ヴァーツラフで君主は代理にすぎないと見なされてい く)チェコにおいて出現した貴族共同体がを扱った本です。

官職を保有し、私領を形成し、そして3代ほど継続されながら形成されたものが貴族家門であると規定し、昔の年代記などわずかに残された資料を読み解きなが ら、プロソポグラフィー的手法も駆使しつつ、貴族家門の形成と興亡をたどっていく第2章、教会と都市を新たなパートナーとしながら強大化する貴族を君主側 が抑えようとしたという通説を検討し、修道院が所領の集集中経営の核となりやすかったことや君主と上級貴族に関しては協働関係にある場面も見られることを 示す第3章、都市建設にはドイツからの植民者が関わっているところが多いことや、都市の設立支配は教会と比べると君主が貴族に対し優位にたつが、都市を対 貴族の政治的パートナーとしての期待は見られないことや都市を管理する官職が上級貴族から選出されており決して対立していたとは言えない事を示す第4章は なかなか興味深いです。

そして、チェコの貴族共同体の成長、国政への参加を深めていく様子を描く第5章につづき、貴族共同体論をチェコ史以外の議論も含めながら再検討する第6章 では貴族と王の対立よりも両者の協働的関係を重視する系統の共同体論の方が中世チェコの状況にはふさわしいことが触れられています。君主と貴族の対立とし て通説では捉えるところですが、どうもそう単純なな話ではなく、君主と貴族の協働のほうがむしろみられるということが本書の大きな特色でしょうか。

また、チェコの事例を他の地域と比較しながら共同体論や「王冠」論について考えているところも特色ではないかと思います。結論部分で少し触れている程度 で、まだまだこれから進められる作業になるのだと思いますが、中世チェコを他の東欧諸国(ハンガリーポーランド)、西欧諸国と比べてみたときに中世ヨー ロッパにおける国制や政治文化の違いを示していくことで、単にチェコの事例だけを掘りさげるだけでなく、もう少し射程に広がりを持たせている著作であると 感じました。中世における国家形成に関して比較史的な研究がこれから進み、その成果が一般書にも反映されるときが来ることを期待して待ちたいと思います。