まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ティモシー・スナイダー(池田年穂訳)「赤い大公 ハプスブルク家と東欧の20世紀」慶應義塾大学出版会

ウクライナ王になろうとして策謀を巡らしたり、ナチスへの接近と寝返り、そしてソ連に捕ら えられ獄死するという壮絶な人生をたどった本書の主人公ヴィルヘルム・フォン・ハプスブルク、彼は中欧に長らく存在したハプスブルク君主国の皇族の一人に して、ヒトラースターリンのはざまでウクライナ国家建設を目指した数奇な生涯を送った人物です。

民族主義が活発化した19世紀後半から20世紀のヨーロッパ、そこにはハプスブルク君主国という多民族帝国が中欧に存在していました。ハプスブルク家の皇 族の中には帝国内諸民族の民族自決を進めつつ、そこをハプスブルク皇族をおくりこんで君主として支配するという事を考えている者もいました。その流れの中 でヴィルヘルムは帝国領内最貧民族とされていたウクライナ人の自由と独立を支援することを選びます。彼はやがて自らの名もウクライナ語で「ヴァシル・ヴィ シヴァニ」と名乗り、ウクライナの民族国家を作らせ自らをウクライナ王とする国家の建設を目指していきます。

そして、第一次世界大戦ではハプスブルク君主国の陸軍将校として参戦し、その時にウクライナ陸軍兵士に国家建設のための指導を行っていきます。戦後はウク ライナを独立させようとして策謀を巡らせるも失敗し、パリへと逃亡、パリでも色々と陰謀を巡らせます。しかし野望は大きくとも実務能力に乏しいヴィルヘル ムはパリで自堕落な生活を送り続けたあげく、詐欺事件に連座してパリから逃亡するという体たらくでした

そんなヴィルヘルムはソ連を排除してウクライナに独立国家を打ち立てようと考え、ナチスへ急接近していきます。しかしナチスからも離反していき、今度はイ ギリスの情報部でスパイ活動をするようになり、第二次世界大戦期にはドイツ、戦後にはソ連の情報を提供するようになっていきます。スパイとなったヴィルヘ ルムはソ連から逃れることはできず、戦後ウィーンでソ連軍に逮捕され、1948年、彼が王となろうとしたウクライナキエフの獄舎で結核のために死去する という数奇な生涯を送りました。

民族自決と君主政を同居させるというアイデアを抱き、独立したウクライナ国家の建設を目指しつつ、民族主義全体主義が高揚するヨーロッパの中で右往左往 し続け、ファシズムにまで接近したり、突如反ユダヤ主義になってみたりしたヴィルヘルムの生涯と、ヨーロッパの歴史の流れがからみあいながら進んでいきま す。最後のオレンジ革命にいたる流れについては、2014年夏時点でのウクライナ情勢をみていると、少々楽観的すぎると感じるところもありますが、ヴィル ヘルムがかつて進めていこうとした「ウクライナ化」が現代のウクライナの動きに対して何らかのつながりがあることが示されていく本書は全体として非常に面 白く読めました。

また、叙述もなかなか巧みです。昔々、あるお城にお姫様がいました、と言うような雰囲気の出だしを最初読んだ時にはこれは一体どのような展開の本になるの かと思いましたが、それからまもなく、このお姫様の一族が激動の現代史のなかで壮絶な人生を送ったことが明らかにされていくという展開に引き込まれ、かな りの速いペースで読み進めてしまいました。いわゆるノンフィクションではなく、かなり専門性の高い本でありながら、非常に読みやすい文章でまとめられてい ました。価格が少々高いので手を出しにくいと思うかもしれませんが、それでも読む価値はある一冊です。