まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

今井昭夫「ファン・ボイ・チャウ」山川出版社(世界史リブレット人)

世界史リブレット人の新刊はファン・ボイ・チャウです。東南アジアの民族運動の歴史を勉強すると、ファン・ボイ・チャウの東遊運動というものは必ず出てきます。日露戦争後の日本にベトナムからの留学生をどんどん送り込んで学ばせ、それにより民族運動を担う人材を育成しようというものでした。

しかし、ファン・ボイ・チャウというとそれ以外に何をやったのかというと、そのあとはベトナム光復会を結成して活動したことが触れられるくらいです。そもそも彼がどのような背景を持っていたのか、そしてベトナムの民族運動の表舞台から消えた彼がどうなったのかについてはあまり知らない人が多いのではないでしょうか。

本書はファン・ボイ・チャウの生涯をコンパクトにまとめ、彼の思想遍歴を追っていくという形になっています。儒教的教養を身につけた知識人層の出自であり、彼の思想的な土台も儒教にあるといっていいと思います(のちの著作で、儒教についての著作も残し、民主主義や社会主義儒学の学説に含まれているといった主張も展開しています)。

自らも科挙を受けているかれが、ベトナム独立運動に関わるようになり、フエでの長い軟禁生活の間に様々な著作を書き上げていく過程のなかで、どのような思想的展開をみせたのかが描かれています。同時に、梁啓超孫文など同時代の活動家や様々な思想との接点を持ちながら彼が何を考えたのかといったことも触れられています(彼の著作には「滅種」とか「保種」と言った言葉がでてきますが、社会進化論にも影響されているようです)。そして、この時代の儒学思想の話など、ベトナムの思想史的な話にも触れられています。近代におけるアジアの思想関係というと日本や中国の話は多いですが、ベトナムというのはなかなかないと思います。その点でも貴重な一冊でしょう。

ファン・ボイ・チャウというと民族運動の中では暴力も辞さない路線を取っていたということがしばしばいわれています。一方同時期に活動したファン・チュー・チンはそれよりも穏健な路線であり、体制内改革のような路線でベトナム独立を目指そうとしていたことが言われています。この両者の扱いについても時代によって色々と違いがあるようで、オバマの演説では意図的にチャウについては言及されずファン・チュー・チンのほうのみ評価されたなどの情報が盛り込まれています。しかし、社会主義国となったベトナムでも反共路線のベトナム人にも彼が高く評価されるということには違いがないようです。

本書において描かれるファン・ボイ・チャウの思想は立憲的な国民国家論を唱えたナショナリズムといったものです。日本の滞在経験をもとに立憲的な国家を構想するようになった彼ですが、時代によって立憲君主制や民主共和制であったりしますが、フエ時代には具体的な政体論を展開することはなかったようです。また、三権分立という考えには馴染まず、憲法草案も書くことはなかったということも指摘されています。

一方、彼は社会主義思想にも関心を抱いていったことが知られています。グエン・アイ・クオック(ホー・チ・ミン)との会見を予定していた時に逮捕されたことがフエ軟禁のきっかけとなりますが、彼は社会主義に対する関心を軟禁時代にも持ち続けています。しかし、これもいわゆる正統派的なマルクス・レーニン主義には至っていないが、東アジア的な社会主義と言えるかもしれないことが指摘されています。

なお、東遊運動失敗後、帝国主義路線を強める日本への警戒からか、彼がフランスとの提携を唱えるようになった時期があり、これはファン・ボイ・チャウにとっての「暗黒史」ともいえるもので、扱いがなかなか難しいようです。そして、フエ軟禁時代にも仏越提携を唱える主張が結構展開されていますが、これも逮捕され、死刑になりかけた後の軟禁状態という特殊な状況の影響を考えたほうが良いようです。状況が状況だけにフランスに敵対的な言動はできなかったのでしょう。

東遊運動だけでなく、それ以前とそれ以後の彼の政治的・思想的な活動についてコンパクトにまとめ、それを近代東アジアの歴史の中に位置付けた一冊ということでなかなか面白く読めました。東南アジア・東アジアの歴史に関心のある方は是非どうぞ。