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ヨーゼフ・ロート(平田達治訳)「ラデツキー行進曲(上下)」岩波書店(岩波文庫)

ラデツキー行進曲」というと、ラデツキー将軍のサルデーニャに対する勝利を記念して作曲され、その軽快な響きは日本でも色々な場面で使われています(NHK Eテレの番組間の繋ぎでも使っていますね)。また、いまでもオーストリアの行事や式典でよく演奏されているといいます。

そのような曲を表題に抱く本作が、そんな軽快かつ明るい感じの作品なのかといいますと、それとは裏腹に、ラデツキー将軍の勝利以降、主要な戦いで勝利することなく滅亡していった老帝国の姿を描いた、一つの帝国が滅びゆくまでの黄昏という感じを与える作品です。そんな帝国の姿と、帝国末期に貴族に叙されたとロッタ一族三代の姿が重なりながら話が展開していきます。

初代のヨーゼフ・トロッタ大尉はソルフェリーノの戦いで皇帝フランツ=ヨーゼフ1世を助け左肩を負傷し、その後「ソルフェリーノの英雄」として祭り上げられるとともに皇帝の記憶にも長く残り続けます。そしてその後を継いだフランツは軍人にならず官僚の道を選び、帝国の一郡長としてのキャリアを積んでいきます。そして三代目のカール=ヨーゼフはというと、軍人になり最初は騎兵連隊の少尉となりますが軍人には全く向かず、才能もない、色恋沙汰で不始末をしでかす、といった具合です。

巨木が、いつしか葉が枯れ、枝が折れていき、虫に食われながらなんとか立ち続けてきたものの、ついに耐えられずに倒れていく、オーストリア=ハンガリー帝国の辿った道からはそのような印象を受けます。物語ではトロッタが赴任した東部国境地帯の状態などの描写が挟み込まれていますが、大戦前のオーストリア=ハンガリー帝国軍の弛緩した様子からは、この帝国が内部から崩れつつあることが伝わってきます。

また、多民族帝国として曲がりなりにも安定してきたオーストリア=ハンガリー帝国に亀裂が入る場面はかなり印象に残ります。帝位継承者フランツ=フェルディナントが殺されたという知らせが伝わってきた瞬間、その場にいたハンガリー系の人々はハンガリー語で喜びを表し、それがわからぬドイツ系その他の人々が反発し、それまでの友好的な雰囲気が一変するのですが、そのあたりの描写が実に見事だと思います。

帝国の黄昏とある一族の運命を重ね合わせて描きながら、滅びゆくものへの哀惜と嘗ての古き良き日々への郷愁を感じさせる作品です。