まずはこの辺は読んでみよう

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山之内克子「物語オーストリアの歴史」中央公論新社(中公新書)

オーストリアというと、面積は大体北海道と同じくらいの広さですが、首都のウィーンなどを中心に音楽と芸術が盛んであることや、ウィンタースポーツなどで知られている国だと思います。この国の歴史というと、ウィーンの起源となる都市が古代ローマに由来することが触れられた後、ハプスブルク家による支配と勢力拡大、そして中欧の多民族帝国とナショナリズムナチスによる支配と戦後といったトピックで所々触れられることはあります。

また、一国の歴史としてオーストリアについて語るというと、やはりハプスブルク家の歴史と帝国崩壊後の共和制の話になりがちですし、その中でもやはりウィーンを中心とする政治的・文化的動向について語るという形式になりやすいところがあると思います。

本書では、今のオーストリア共和国を構成する9つの州で独立した章を形成し、それぞれの地域がどのような歴史を歩み、そこで人々が営んだ暮らしや築き上げてきた社会や文化の有り様をコンパクトにまとめていきます。それぞれの州の歴史の集合体のようではありますが、ところどころ、複数の州で共通する事柄も登場し、9つの州の歴史が緩やかに一つの国の歴史としてまとめられているような印象を受けました。

なんとなく、我々がオーストリアの歴史としてイメージするものはニーダーエスライヒおよびウィーンの歴史であり、それ以外のケルンテンやらシュタイアーマルク、ザルツブルクなどの歴史については「オーストリア」の歴史としてはあまりイメージされにくい(そもそもそこで何が起きていたのか知らない人が多いと思う)、まして20世紀の帝国崩壊後になってオーストリアの領土として組み込まれたブルゲンラントや、独自性を前から示し同じ時期に最西端にありオーストリアからの自立をフォアフォイアーベルクについてはその存在自体を知っている人がどれだけいるかというと心もとないものがあります(恥ずかしながら私もそうでした、、、)。

各州ごとの興味深い歴史にかんする事柄は非常に多く、ここで全てを紹介することは不可能なので、いくつかを紹介して見たいと思います。例えば、行政面の自律性がなく州政に従属させられ規模の割に待遇が悪い大都市ウィーンと、ウィーンを分離させた後も州都移転もままならなかったというニーダーエスライヒのねじれた関係、ハンガリー、そしてオスマン帝国との拮抗した戦乱相次ぐ歴史を経験したブルゲンラントにはクロアチア人移民が結構多、言語面でもクロアチア語がまだ一部では使われていること、スロヴェニア系住民がおおかったシュタイアーマルクとケルンテンが第一次大戦後の民族自決と帝国崩壊の歴史を通じ保守勢力の基盤となっていったこと、ナポレオンのフランス軍をも苦しめたティロルの人々の話など、興味深い話題が色々と登場します。後、聖俗両方の君主であったザルツブルク大司教のうち何人かの振る舞いはまさに強欲な暴君といったところでしょうか。

一方で、全体を通じて頻出する話題としては、宗教改革と再カトリック化の流れがまずあげられるでしょうか。宗教改革の影響で、かなりの数のプロテスタントオーストリアにもいたということですが、それをカトリック化するためにかなり苛烈な対応もとられたということが各地の歴史で見られます。一方で、ヨーゼフ2世の「宗教的寛容」の内実、特にカトリック修道院に対する対応を見た時、「役に立つ」もの以外存在を認めないということが何を起こすのかを考える一つのケーススタディとなるかもしれません。

さらに、民族主義ナショナリズムと多民族帝国といったことを考えさせられる話題も随所に見られます。「未回収のイタリア」として主張された南ティロルが、その実ドイツ系が7割をしめていたこと、そしてヒトラームッソリーニとの関係を考えこの地域については特に手をつけないどころか、そこにいたドイツ系を東欧へ送り込んだということは知りませんでした。そして、一度失われたものはなかなか戻せないということは、かつての隣人スロヴェニア系に対するドイツ系の敵意などの形で現れてくることなどからもわかるような気がします。世紀末ウィーンにおいて活躍した文化人がかつての帝国時代を懐かしむようになるのも、なんとなくわかる気がしました。

そして、この国の歴史に暗い影を投げかけるのが、ナチスの時代のことでしょうか。ユダヤ系の人から奪った美術品をめぐり、今もなお補償をおこなっているという話があったり、現在も保守派の強い州があることなどが触れられていますが、ナチスがらみで重い話がでてくるのはオーバーエスライヒをめぐる話でしょうか。ヒトラーの出身地がこの地のリンツであり、都市リンツの大改造や大規模な工業地帯形成、そしてマウトハウゼンの強制収容所と大戦末期にそこで起きた「ミュール地区のウサギ狩り事件」などの思い歴史を背負う地域で、戦後は過去を克服しようとする努力と、過去への向き合いという課題について触れられています。

なお、オーストリアというと芸術や文化の国というイメージは強くありますが、各州を舞台に展開された文化についてもいろいろとでてきます。美食の都ウィーンのコーヒーやメールシュパイゼをめぐるはなし、ラインハルトやホーフマンスタールをはじめとする文化人たちがザルツブルク芸術祭を始める話、ノイシュヴァンシュタイン城とともにシンデレラ城の原型とされるさまざまな象徴表現を盛り込んだ難攻不落の要塞ホッホオステルヴィッツなどの話はなかなか興味深く読めました。そして、非常に多くの人が登場するため、いちいち列挙するのは難しいので省略してしまいますが、政治や経済、文化に関して、各地の歴史を彩った個性豊かな人物たちにも目を向けて見て欲しいと思います。

一国の歴史を通史として書く時、何かしらの軸がある方がまとめやすくなるということ言えるでしょう。しかし何かを軸として定めた時、こぼれ落ちてしまうものは当然発生しますし、ある特定の都市や地域で起きていることが全国で同じように起きたと勘違いするということも起こりうるでしょう。全ての地域が同じような支配を受けるようのがいつ頃のことかといったら、やはり近現代以降のことと考えた方が良いと思います。それ以前の時代に起きたことを盛り込んで歴史を描きだそうとするとき、このような叙述のスタイルは十分にあり得ることだろうと思います。普通の通史のスタイルで書いた場合、絶対に盛り込めないであろう人物や出来事、物事をもりこみながら、可能な限りコンパクトにまとめた一冊だとおもいます。今年の秋にはハプスブルク展もありますので、興味を持った方がいたら是非読んで欲しいですね。