まずはこの辺は読んでみよう

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西成彦(編訳)「世界イディッシュ短篇選」岩波書店(岩波文庫)

イディッシュ語という、東欧圏のユダヤ人たちの間で使われていた言語があります。いまでは使用者もだいぶ減ってしまいましたが(アメリカでは英語、イスラエルではヘブライ語に変わった人たちも結構いるとか)、世界各地に移住した東欧圏ユダヤ人の間で使われ、それによって文学も書き残されています。

本書では、そんなイディッシュ語で書かれた短篇があつめられています。「屋根の上のヴァイオリン弾き」の元となった話を書いたショレム・アレイヘムや、ノーベル賞作家アイザック・シンガー(イツホク・バシェヴィツ・ジンゲル)といったひとから、なかなか目にしない人まで、いろいろな人の作品が掲載されています。

過越の祭りをむかえるまでを、シチメンチョウの視点で描いた「つがい」や、悪魔の親子が大変な目にあう寓話的な「シーダとクジーバ」のような、ちょっと変わった視点から描いた話があるかとおもえば、サーカスの踊り子に入れあげたラビが悪夢のような幻想世界にはまりこむ「塀のそばで」、ユダヤ人の苦悩の歴史がうかびあがる「マルドナードの岸辺」のような幻想文学然としたものもあります。

さらに、ちょっとしたことで家族間の力関係が入れ替わる「ブレイネ嬢の話」や、なんか態度の大きい工場主が実は・・・という感じの「泥人形メフル」」あたりは話の展開が面白く感じられました。

ユダヤ人の苦悩の歴史というと、やはりポグロムホロコーストが文学の世界にも影響を与えていることが伝わってきます。なかなかうまくゆかぬ恋をかいたような「カフェテリア」においても、登場人物がホロコーストで大変な経験をしたことや、話の終盤でヒトラーがらみのとても不思議な場面がえがかれていますし、「逃亡者」ではポグロムを逃れた人々が扱われています。

結構重い話題やテーマを選んで書いている話もあるのですが、それでもなおユーモアが感じられる話や幻想的な物語が描かれており、非常に面白く読めました。巻末の解説を読むと、イディッシュ文学についての理解も深まり、歴史にもしはないというものの、東欧の歴史がちょっとでも違っていたらイディッシュ語はもっと使われていたのかもしれないと思わずに入られません。