まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

メアリー・ビアード(宮崎真紀訳)「SPQR ローマ帝国史 I , II」亜紀書房

*訳者のお名前はたつさきなのですが、文字化けするため崎で表記しています。すみません。

古代ローマ史に関する本は世の中に多くあり、それらはローマがイタリア半島の一都市国家から地中海帝国へと発展する過程、そこで活躍した偉人たちの話やローマの勝利した戦いの様子などがふんだんに盛り込まれています(そして、そういった本の方が世間受けはよいみたいです)。

古代ローマでも、それら先人たちの活躍など「父祖の遺風」を語り継ぐこと、子孫たちもをそれを範とすることが求められていたりするようですし、彼らの葬儀の様子をみると、残されたものたちも過去の先人たちに倣い、何かを成し遂げねばならないかのような雰囲気が感じられます(歴代祖先のマスクとか並べられていたりするようですし)。

しかし、ローマ人たちが描く「いにしえのローマ」の姿は、いったいどこまでが実際にあったことなのか、そしてどこからが後の時代のイメージの投影なのかということを考えなくてはいけない、そんなことに気付かされるのが本書です。スタートはキケロによるカティリーナ弾劾の場面から始まり、ローマの成り立ちからカラカラ帝によるローマ市民権の全自由民への付与までの時代を扱っていきます。

全体をとおして、我々がローマ史の名場面、有名なシーンとして知っている事柄について、それが実際にはどうだったのかといったことを常に問いながら話が進められていきます。例えば、カンネーの戦いのような古代の戦争描写では数万の軍勢に対して指揮官の指令がきちんと伝わった形で戦いが進められている様子が描かれていますが、どうやって広大な戦場で指示を正確に伝え、その通りに動かしていたのかというところに疑問を呈したり、カティリーナの陰謀に関しては、実際のところどうだったのかというところに考えを巡らしたりしていきます。それとともに、ローマ史上の有名人の姿についても改めて取り上げていきます。

また、ローマがなぜこれほどの大国に発展したのかということについても、ローマという都市の開放性、寛容といったことを要因として重視している様子がうかがえますし、独裁的な体制の成立が何を意味するのかといったことも考えているようです。さらに、女性や奴隷、ローマに征服された側の人々のことなど、本書では偉人たちの輝かしい業績の陰で目立たなくなりがちな事柄に対しても目を向けています。

邦訳で全2巻という分量ではありますが、随所になるほどなあと思う指摘が見られ(若者に「父祖の遺風」を語り継ぎ、競争させることを扱いつつ、そのことの負の面に触れ、ローマ文学で息子による父親殺しの話がちらほらみられることを指摘するところなど)、非常に面白く読めます。世間一般で広く親しまれているローマ史本とは一味違う概説書で、かなり刺激的な一冊です。