まずはこの辺は読んでみよう

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南川高志(編著)「B.C.220年 帝国と世界史の誕生」山川出版社(歴史の転換期1)

歴史の書籍および学習参考書でお世話になった人も多い山川出版社から、世界史のシリーズ物が久々に出ました。「歴史の転換期」というシリーズの元、ある年代およびその前後を対象として、「世界」のあり方を示していこうというもののようです。

この紀元前220年に何があったのかというと、ポリュビオスが著書「歴史」においてローマの歴史叙述を開始した年です。その前の前史にもふれながら、彼が紀元前220年から「歴史」の記述を開始したのはなぜでしょう。また、中国に目を向けると、紀元前221年に秦による六国制圧が完了し、統一された古代帝国・秦が誕生するわけですが、これによって何が変わったのでしょうか。

そして、本書では表題に掲げた紀元前220年という年を起点として、世界がどのように変わって行ったのか、その一端を描き出そうとしています。そのために、ユーラシア大陸の東西に出現した古代の「帝国」について、4つの論文を掲載しています。

第1章では地中海の西側におけるローマの征服活動について、イベリア半島を中心にとりあげ、この地域を征服したローマが属州として支配体制を整備する過程、ケルトイベリア人やルシアニア人といった先住民族を服属させる過程と、現地での抵抗を描きます。グラックス兄弟の父親がヒスパニアの属州支配について、一定のルールを作り上げた重要人物であったこと、ローマの信義に全てを委ね従う(要は無条件降伏とおなじようなもの)もの以外は認めない姿勢、その後のローマの歴史を予見させるような事態の発生など、興味深い事柄が色々と指摘されています。

第2章では東地中海におけるローマの征服をあつかい、ヘレニズム諸王国と諸ポリスにより織りなされるネットワークにローマも繋がり、やがて他の勢力を全て従属させて行く過程を描いています。アンティゴノス朝の滅亡やセレウコス朝の敗北など、それまでヘレニズム世界で「戦う王・交渉する王」として主要な役割を担ってきた王国と競合しつつ、ローマが全てを従えて行く過程が近年の研究成果を盛り込む形でまとめられています。この時期を詳しく扱った邦語文献はあまりなく、まして、新しい研究成果を盛り込んだものはごくわずかでしたので、非常に興味深く読みました。

そして、第3章ではタイトルとはずいぶん時代が離れているように感じますが、元首政期にまで範囲を広げ、征服活動の後に何が起きたのかといったことを、属州ヒスパニア、ガリア、ブリタニアを取り上げながらみていきます。属州における「ローマ化」は現地の上層部の人々や都市においてはすすんだものの、郊外や農村地帯まで徹底したかというとどうもそうではない様子です。また、ローマの支配を受け入れつつ、それを利用していたこともわかってきます。

ここまで3章がローマ関連ですが、最後の第4章になって中国史の話が出てきます。中華帝国の基本形が登場するのが秦の時代であり、秦の台頭前史、六国との共存から征服への転換を描き、さらに出土文献をもとに当時の人が秦による統一や支配についてどう感じていたのかを探ります。そのうえで秦の支配の限界と、漢による統一をあつかいます。前の3つの章で扱われたことが、中国ではどのような形で現れたのか、それを考えながら読むと面白いように思います(紙幅の都合もあるのか、少々駆け足で進んでいるような印象も受けましたが)。

本書は、やはり編著者あわせて4人中3人がローマ史研究者ということもあり、内容的にはローマに重心が置かれているように感じます。秦漢時代研究者は日本にそれなりにいるわけで、新しい研究も次々と出ています(最近、本屋にて松島隆真「漢帝国の成立」(京都大学学術出版会)という本を見かけて購入しましたが、他にも漢を扱った本はありました)。もう少し中国史側の論文を載せるべきであったとは思います。

このように文句は言っていますが、ローマ「帝国」が成立する過程をみていると、地中海の東であれ西であれ、それまでは自立し、独自の軍事行動や交渉をおこないながら勢力を拡大したり保持してきた集団ないし国家が、それらの行動を認められなくなっていく過程が見られることは興味深いところです。ローマが東地中海の既存のネットワークに参入し、いつしかローマの権威に絶対的に服従するように持っていく、そしてそれに従わないものは滅ぼされる過程と、イベリア半島の先住民とローマの将軍たちのやりとりが重なって見えてきます。

しかし、その一方で支配される側もただただ圧迫されているわけではなく、その状況下で引き出せる最大限の利益は引き出しているように思えます。ローマの文化の受容も、それが彼らにとってプラスになると思うからこそやっているところが往往にしてあるようです。

強大な軍事力を背景にした広域支配の実現と、それにより引き起こされた変化、人々の反応の一端を知ることができる一冊だと思います。