まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

姜尚中(総監修)「アジア人物史3 ユーラシア東西ふたつの帝国」集英社

人物を通じてアジアの歴史を見る「アジア人物史」シリーズの第3巻が出ました。刊行ペースが少しゆっくりに成、2ヶ月に1冊くらいのペースになってきています(予定通りのようですが)。この巻では6世紀から11世紀頃というはばで、唐とイスラム帝国が栄えた時代を中心に、唐滅亡後の東アジアなどもあつかわれます。

東アジアに関しては、武則天玄奘といった人々が中心人物としてまず扱われ、それに続くのが新羅の僧元暁、日本の仏教関係者などがつづき、少し間が開いた後で最後に朝鮮半島の高麗建設に関わる時代がでてきます。東アジアについては仏教が一つの軸となっているような構成となっています。仏教に支配の正統性をもとめた武則天、インドから帰った後の玄奘が中国仏教界に投げかけた波紋、そして朝鮮や日本における仏教の受容と展開,こういった事柄が扱われています。

名前だけはでてくるがその中身にまではあまり目が向けられにくい地域や勢力についても章を立てて説明しています。例えばチベットについて頁数は少ないながらもソンツェン・ガンポ以下関係する人物についてまとめているほか、突厥の宰相、そしてソグド系突厥の流れをくむ安禄山という草原とオアシスの民の世界を扱う章、そして東南アジアといったところでも章が立てられています。また、黄巣の乱で知られる黄巣の生涯と乱の展開を通じ、後半の唐で形成された藩鎮割拠のもとでのそれなりの安定が崩れ、新たな秩序の構築が求められる段階に入ることが示され、黄巣朱全忠を分けるものが何なのか,考えさせられる構成です。

そして、耶律阿保機とその子孫に関して章を立てたところは、最近の研究をもとにした契丹の歴史の概略という感じでまとめられています。契丹について、中央ユーラシア型国家という枠組みを採用し、中国史征服王朝という枠よりも視野を広げてみていく試みの一つと言うことで良いのかなとおもいます。たまたまこのあたりは中国の歴史ドラマで見ていて出てきたことがあり、あの人はこういうことだったのかと分かるところもありました(てっきり女性の名前なのでドラマ上の創作だと思っていましたが、燕燕は本当の名前だったのでしょうか。書き方を見るとそんな感じがするのですが)。

西アジアについては,アッバース朝の概略をまとめたあと、アッバース朝の転換期のようなところがあるマアムーンを中心にして人物の歴史をまとめています。「知恵の館」、コーラン被造物説、ピラミッドに穴を開けて侵入といった知的な事柄に関するエピソードをみるマアムーンですが、カリフの権威を高め支配を固めようとした時代であり、その際にアリー家の勢力もとりこむイスラム共同体の統一を試みたことなどもふれられています。アッバース朝時代の地方政権の樹立や翻訳活動と学問・文化の発展などもそれに関連する人物や勢力を取り上げてまとめています。

内容的には東アジアにかなり重点が置かれた感じもありますが,人物の歩みやそれに関連する事柄を通じて各地域、各勢力の歴史をまとめており、興味深く読めました。シリーズを通じて女性や思想・文化関係もかなり扱っているのが特徴ですが、この巻でも文化に関する事柄として東ユーラシアの仏教の展開と受容、杜甫を中心にして詩についてあつかっているなど文化関係、思想関係もてあついです。女性についても武則天について扱うだけでなく彼女以前の女性支配者の話もとりあげるほか、朱全忠と女性の関わりとか、契丹の皇后などもとりあげられています。今までは目が向かなかった事柄にも目を向けて書かれた一般書というのは今後どんどん出てほしいものです。