まずはこの辺は読んでみよう

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千葉敏之(編著)「1187年 巨大信仰圏の出現」山川出版社(歴史の転換期)

山川出版社の「歴史の転換期」シリーズから中世史を扱った巻がでました。他に2冊ほどこのシリーズで中世を扱うものがあるようですが、今回は12世紀後半、大きな出来事としてはヒッティーンの戦いがあった年ということになります。サブタイトルに巨大信仰圏の出現とあるように、本書ではイスラム教やキリスト教の信仰圏が拡大する局面にあった時代を舞台とし、西アジア、南アジア、東南アジアを地域ごとに見た上で、十字軍に関連するシリア・パレスティナ・ヨーロッパをまとめています。なお補論として東アジアが取り上げられています。

全体を通じて、イスラムが関連してくる内容になっていますが、各章をみますと第1章ではセルジューク朝の通史を扱いつつ、セルジューク朝が分裂状態になって以後統一されることのなかった西アジアにおいて学院設置や神秘主義教団の活動によりイスラムが定着、スンナ派が確立いったことやセルジューク朝の諸制度が各地域で継承されていることなどがふれられています。セルジューク朝の通史というだけでも貴重な内容ですが、この時代の西アジアの歴史的展開、歴史的意義がよくわかる内容となっています。

続く2章は南アジアをあつかい、インドの北西部あたりの「北西フロンティア」からのイスラム勢力の侵入、ラージプート時代のインドの状況についてふれつつ、イスラム系王朝が多数派のヒンドゥー教徒をどのように支配したのかを考えていきます。軍事的に緊張状態にあるフロンティアからやってきた勢力が北インドを征服して発生した少数派のイスラム勢力がインド支配をいかに確立するのかという課題について、インド的要素の取り込みと接続がみられることや、支配される側でもモンゴルの侵攻などに対抗できる存在への期待があったことなどをとりあげ、これによりひんどぅーときょうぞんするイスラム支配体制の確立に向かったという点でこの時期が重要であると考えているようです。

さらに第3章では東南アジアをとりあげ、アンコール朝のジャヤヴァルマン7世の時代と前後する時期をみながら、「海の東南アジア」と「陸の東南アジア」の発展が進む中で、ジャヤヴァルマン7世がヒンドゥー教聖霊信仰も取り込んだ形で仏教を国家の宗教として重視しながら王の権威を示して支配を確立し、「陸の東南アジア」的なあり方を極限まで押し進めた上で繁栄を築き上げたいっぽうで、この時代の頃から外の世界とのつながりがだんだんと生まれていくこと、そして陸の世界と海の世界の結びつきがつよまるなかで、この2つの世界の統合に向かい始める時期でもあったことにふれています。史料や証拠となるものが少ない時代の研究はなかなかむずかしいということを感じる内容です。

そして第4章では、侵攻圏の衝突ということで十字軍とイスラムの戦いが扱われています。エルサレムの町のあり方の変遷と信仰の関係に続き、十字軍の始まりと十字軍国家の建設、そしてそれ以後の本国と十字軍国家の間の人やモノの往来を通じたキリスト教信仰圏の発展の様子がえがかれています。教皇座の改革、騎士修道会の登場、十字軍国家内部の発展や人材育成といったことと十字軍理念が磨かれていく過程が連動している様子が見て取れます。そして一方のイスラム側でも第1章でみられるような諸々の事柄を通じ、十字軍との戦いを不信心者へのジハードとする考えが発展し、それを利用したのがサラディンだったということのようです。

ここまで、信仰圏に関連した話が多い章で構成されていましたが最後の補論は少々雰囲気が異なります。中国史における「唐宋変革論」について、ここで念頭に置かれている「中国」はあくまで江南のあたりのことであり、果たして華北に適用することは妥当なのかというところから、複数の「中国」を考え、東部ユーラシアの歴史について考えていこうという内容です。差異を優劣と置き換えてしまうことが往々にしてみられるのですが、差異は差異であって優劣と必ずしも結びつくわけではないということで、江南をベースにした「中国」以外の可能性を考えてみる手がかりになりそうです。

以上、西アジアからヨーロッパまで、それまでの世界がどのように変わっていくのか、ある時期を転換期ととらえて各地域の諸相を描き出した一冊として、読んでみるとなかなか面白い本にしあがっていると感じました。世界史でちょこっと出てくるあの国や地域にこのような歴史があったのかと知る楽しみがあるでしょう。特にセルジューク朝のように、単語としてはよく出てくるものの、どのような歴史を歩んだのかまではあまりきちんと触れてくれない国の場合はなおさらでしょう。高校の世界史の内容を少しでも理解していると、各章で論じられている事柄をより明確に理解できるのではないかと読んでいて思いました。