まずはこの辺は読んでみよう

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姜尚中(総監修)「アジア人物史1 神話世界と古代帝国」集英社

集英社のアジア人物史の1巻は古代世界を扱います。各地の神話の部分から話を始めますが、ここで結構ページをさいています。その後西アジア、東アジア、北アジア、南アジア、東南アジアといった各地の人物を扱いながら歴史を書いていきます。

やはり、史料的制約があるためか、東アジア、それも中国に関係する事柄がかなりの部分を占めています。孔子始皇帝司馬遷、王莽、曹操といった人物について章がたてられ、さらにいろいろな人物の小伝もたてられています。やはり『史記』、『漢書』、『三国志』と言った歴史書の存在、様々な書物の存在というのは大きいところでしょうか。

書物によりわかることと、考古資料などからわかることを組み合わせて書かれている章もあります。匈奴関係のところは史記の記述だけでなく、実際に見つかったモノを駆使しながら冒頓単于などの人物の歴史が描かれています。東南アジアに近いエリアについても、中国との関わりからわかることが結構あるというところも、文字を持ち、記録を多く残した(それが残った)文明の強さを感じます。これと比べると、南アジアや東南アジア、内陸ユーラシアの歴史上有名な人物であっても、わかっていることが少なかったり、そもそもよくわからない、あやふやなところがあるようです。

扱われている人物の幅の広さは政治上の有名人だけでなく思想や宗教に関わる人物を取り上げていたり、男性だけでなく女性(ベトナムのチュン姉妹など)をとりあげていたり、後世においてどのように受容されたのか(アケメネス朝ペルシアの歴史とパフレヴィー朝、アショーカ王の事柄と現代インドの歴史など)ということも触れています。このあたりは単なる人物伝とは違うところでしょう。後世の受容史というのは最近いろいろなところで見られますが、古代については特にこのようなアプローチが必要になるのではないかとおもいます。

興味深い事柄としては、ハンムラビ王が群雄割拠のメソポタミアで、周辺の強国とのかかわりのなか小国バビロンが強国となりメソポタミアを制覇する過程や、ハンムラビと関わった周辺国とその支配者の姿を描いており、非常に興味深く読めました。高校世界史ではなかなかこのあたりは触れられないことで、あたかもハンムラビの時代はバビロニアが大国としてこの地域を制圧しているような感じで出てくるので、このような状況だったのかとわかり、非常に面白く読めました。

また、ここで取り上げられている人物について評伝や一般書、論文を書いている人たちも執筆者にはいますが、始皇帝に関する章は著者の他の本とは切り口やアプローチを少しずつ変えているようで、なかなか面白く読めました。なお、取り上げている人物を見ると、出版社の影響もあるのか、「キングダム」で見たことがあるような人たちがたくさん登場します。こういう機会でないと取り上げる事もなかなかないと思いますが。

そして個人ではなく集団を取り上げた項目が見られるのも、史料的制約が厳しい古代ならではでしょうか。そういうこともありイスラム以前の内陸ユーラシアの群像を描いた12章はこのあたりの歴史について興味関心がある人は是非読んでほしいと思います。カニシカ王だけでなっく、エフタルやサータヴァーハナ朝、キダラなどの集団についてもまとめています。一般書でこのような項目まで取り上げているというのは貴重です。そして、カニシカ王についてわかっていることが非常に少ないということに驚く人もいるかもしれません。

ちょっとでも興味があるところから読み始め、いろいろなところをつまみ食いしながら読むのも良いですし、頭から通読するのもありだと思います。人物や集団を描きながら古代のアジアの歴史にアプローチする一冊と言うことで、読んでみてはどうでしょうか。